美人は3日で飽きる
長めです
水戸〇門事件から早一月が過ぎ、季節は、……よく分からないけど最近は朝晩も暑くなってきた。んでもって、私は今お屋敷にいます。
学院には年に一度、年度の切り替えと共に長期休暇があって、大半は実家に帰るそうな。ディスが属するデアハーデン学院は世界でも有数の陣術専門の学院らしく、中には国境を越えてやって来る生徒もいるらしい。因みにディスの実家は学院から馬車で20分でした。学院は王都の外れに建っていて、ディスの実家は四つに区切られた王都の北部、そこから少し目を凝らせばあら不思議、欧羅巴にありそうなお城が見えますよー。そうなんです、立地条件からも分かる通り、ディスは結構なお家の出の子だったんです。まあね、学院生活の中(先生とか生徒達の態度)で薄々気付いてたんだけどさ。魔力の量も他の人間に比べればちょこっと多いし、家名そのものが魔力で縛られにくいとか、坊ちゃま疑惑の証拠を挙げればきりがないんだけどもそれは置いといて。
衣食住は望んだけどここまでは望んでない!
「あら、だって貴方はディスの遣い魔なのでしょう?大事な大事なお客様なんだから大切にしないと。ね?」
「そうだとも。我が家の家訓では、遣い魔の手入れも術士の大切な仕事なのさ」
「ええい!私はお人形じゃないんですよ」
「あら、勿論よ」
「さあ安心して身を委ねてご覧。私はマッサージが得意なんだ」
まさに至れり尽くせり。ルードも大概過保護だったけど、ここの家は更にその上を行く。爪の手入れから始まって着替えに至るまでを全部ディスの兄姉だという二人が嬉々としてやってくれるのだ。侍女さん達は二人の補助って……普通逆だと思う。お客様対応にしては度が過ぎてやしないだろうか?
こんな生活が続くと、慣れるどころか恐れ多い感が半端ない。だって日本の一般家庭に生まれ、途中からは一人暮らしを経て、暇な時には世話を焼く事もあれば忙しい時には放置される魔王の所で過ごしていた身なので。
「ああ。まあ、家はこれが普通なんだ」
遠い目をするディスに、やっぱりこの家が異常なんだと察したが、それにしてもないわー。流石にお兄さんにお風呂に入れられるのは断固拒否したけども。
「俺達はあくまでお前達から力を借りているに過ぎない。召喚は人間が無理を言ってお願いする立場だからな、どうしても下手になるだろう」
「ディスの場合は随分高飛車だった気がするけど?」
「あれは……俺が悪かった。だが、交渉事で舐められたら終わりだからああするしかなかったんだ。後日両親からは説教が飛んできた」
「そんなこともあったねぇ」
召喚された翌日、ディスの元に両親から遠距離の相手に声を届ける陣術式の組み込まれた手紙が届いた。半分以上は私への謝罪で、あまりにも長すぎて3日かけてなんとか読んだ記憶がある。
取り敢えず今日はここまでねと言い残し、嵐が去って行った。柔らかそうなソファに埋もれながら、懐かしい魔界の日々を思い返す。
3日くらいなら旅行気分で楽しめるけど、これぞ王道的な貴族生活が続くと苦痛でしかないのは、根っからの小市民根性ゆえか。魔界の生活にすんなりと慣れたのは、恐らく魔属の個人主義のお陰だ。勿論“触るな危険”を地でいくルードと暮らしてるせいもあるけど、全体的に群れない種族が多いので御恩奉公という概念があまり無い。貨幣制度が整っているのも城下一帯のみで、他の里では奪い奪われがごく普通に行われている。
逆に、天界は人界と似たような社会の仕組みになっている。いや、寧ろ人間が天界を真似たのか。統一国家の体を持ちながらも、里単位で自治が認められ、その内部の複雑な関係はジェイルさん曰く理解出来ないとかで。やっぱり気質の違いなんだろうか?
「人界の成り立ちとか天界との関係について是非ともジル様に聞きたいところだよね」
こんなことになるならちゃんとジェイルさんの話を聞いておけば良かったと悔やんでももう遅い。
「?何か言ったか」
「んー、魔界に帰ったらやりたいことが出来ただけ。ところでディスは休暇中どうするつもり?」
「課題や試したい術式が色々あるから、当分は部屋に籠もる予定だが……そんな嫌そうな顔をするな」
「じゃあディスが代わりにお姉様達の相手をしてくれる?」
「断固拒否する!とは言っても、お前は一応監視対象だからな。一人で行動するのは論外だが、俺もお前の相手ばかりはしていられないし」
そうなんだよね。学院では教員が、ディスの家ではディスの姉兄がそれぞれ正式な陣術師の資格を持っているので、あからさまに監視されることは免れたけど、本来だったら守備隊の拘留所に入れられていてもおかしくない。だから、こうやって屋敷内を自由に動けるだけでも感謝しなければならないんだけど……。いざとなったら一暴れすれば良いし、そうなれば困るのは人界側だからなあ。幾ら馬鹿みたいな魔力があるって言っても、人界に住む住人全てを敵に回すとなれば多勢に無勢だろうが、それでも犯罪者みたいに拘束されるくらいなら自滅の道を選ぶ。だって、私に首輪を付けても良いのは魔王だけだから。
「だったら僕が彼女の面倒を見よう」
「エデル兄上!?」
「ようこそ、世にも珍しき色を纏った高貴なる者よ。僕はエディラート、そこの小生意気な不肖弟の2番目の兄です」
魔属式の作法で綺麗に礼を取って見せた青年が、私の前で微笑む。
ぞくりと肌が粟立った。
一気に警戒心が最上レベルにまで引き上げられる。
人界の人間は魔属を見下し使役している。この家の住人はまだマシな部類だが、家畜や消耗品のようにしかみなしていない人間はごまんといるのだ。そういう人間を学院の中で見てきた。彼らは魔属の営みを知ろうともせず蔑んでいるのだ。
ちっぽけな存在が強大な力に対抗しようとして陣術なるものを作り出した。それを卑怯だとは思わない。知恵もまた力だ、だから陣術の鎖に抗えなかった魔属は大人しく屈服する。それこそが魔属の文化であって、決して本能だけで生きてはいない。だというのに最初から自分達よりも劣っていると決めつけているのが人界の人間達だ。だからこそ、ある程度魔属を尊重しているこの家の者ですら知らない文化を何故この男が知っているのか……?
「あれ?何処か間違ってたかな。君達の作法は確かこうだったと思ったんだけど」
「……なんで?」
差し出された手をそのままに問いかけるも。
「相手に対して、特にそれが要人ともなれば此方が礼儀を取るのは当然だよね」
あっけらかんと答えるこの男の真意が読めない。ルードの特訓のお陰か、ほんの触りではあるが他者の表層意識を感じ取れるようになっているので、彼が嘘を言っていないことは分かる。それ故に理解が追いつかない。まさかこの男はアリサを魔王のリコルだと知っているのだろうか?
「うーん、警戒させちゃったかな?それじゃあ、ここは普通に挨拶しようか。僕はディスの兄でエディラートって言うんだ。可愛いアイサカちゃんにはエデルって呼んで欲しいな」
「……どうも、初めましてお兄さん」
「そこは是非ともお兄様って呼んで欲しいところなんだけど、」
「兄上!」
「あはは冗談だよ。よろしくね、アイサカちゃん」
伸びてきた両手をさっと避けて、ディスの後ろに回り込む。見事に空ぶったにも関わらず、エデルは笑うばかりで怒るそぶりは全く無い。
「……おい」
「ああいう人って苦手でつい」
「気持ちは分かるが我慢しろ。あれで兄上は結構優秀な術士なんだぞ。逆らわない方がいい」
「そうそう、僕ってばアーク家の天才児って結構有名なんだよ。そんな僕ですら君には敵わない。いや、この世界の誰も君を御することなど出来ないだろうね」
いつの間にか回り込んでいたエデルが耳朶で囁く。慌てて飛び退くと、やはり笑われた。
……これは完全に遊ばれている?