所変われば品変わる
※宗教に関する事柄がありますが、これはあくまで筆者の主観なので予めご了承の上ご覧ください。
苦しい時の神頼みと言うけれど、じゃあ神様がなんとかしてくれるのかというとそうでもない。年始のお詣りや願掛けをしたことのない日本人はいないと思うけど、それはあくまで叶うとラッキーくらいで結局自分の努力が物を言うんじゃないだろうか。
「お前の世界の神は役立たずなんだな」
「役立たずって、まあ精神の拠り所みたいな意味の方が強いからなんだけど」
「成る程。神に対する概念が違うのか」
うんうんと頷くディスを横目に、私は幾人もの白いローブを羽織った者達が集まっているのを見る。ディス曰く、ここは神殿と呼ばれる場所で、そこかしこに佇んでいる白いローブの者達が神官だそうだ。今壇上で丁度行われているのが神事であり、神を降ろすための儀式なのだとか。
怪我人を囲むように円になった神官達がもにょもにょと唱え、眩い光が神殿内を明るく照らす。そこには純白の翼を持った三頭犬が浮いていた。三頭犬が強面に違わぬ遠吠えを発すると見る間に怪我が治っていく。再び、神官達が声を合わせると三頭犬の姿は霞のように消えていった。怪我人の妻らしき女性が涙を流しながら、いなくなった神へと感謝の言葉を叫んでいる。
「いやいやいや。今のはどう見ても神じゃなくて天属じゃん!」
「天界に住まう者達を天の御使いと我々は呼んでいる」
「さっきのもただの召喚だし」
「原理は同じだが、天界に通ずる陣は神官達が独占している」
この扱いの差は一体なんなのだ!片や尊ばれ、片や奴隷扱い。納得がいかない。
「魔属は治療など出来ないだろう」
「ええと、やろうと思えば出来るんじゃないかなあ?」
首を捻りつつ記憶を浚ってみるが、そう言われると怪我をした時は魔属のみんながどうしていたのか憶えがない。そもそも明確な上下関係の決まっている魔界では怪我人が出ること自体稀だし。時々ルードが立ち会っている、“決闘”(申し立てにより序列の変更の可否を決める場合に行われる)ならば怪我する者もいるだろうが、危ないからって見せてもらえないからなあ。あ、でも確か転んで擦り剥いた時はルードが治してくれたっけ。いつだったかも指をちょん切ってたけど、普通に生えてたし。多分だけど治れ~と念じながらやれば出来る!……気がする。
「試したいから、ちょっと怪我してくれる?」
「そんなの自分でやれよ」
ディスにお願いしてみたら嫌そうに断られた。そりゃあ、痛いのは誰だって嫌だよね。でも気になるし、どうするか。うーん。
「くれぐれも周囲を巻き込むなよ」
「その手があったか!」
「やめろ!」
やだなあ、冗談に決まってるじゃない。そこまで落ちぶれてはないよ。魔術を使ってうっかり、はあり得そうだけど。
不穏な気配を悟ったらしく、神事が行われる大広間から連れ出されてしまった。賑わう出入口から外れて人気の無い奥へと進んでいくと再び屋外へ出る。
「うわっ大きい!」
そこには、軽く高層ビルくらいの高さがあるのではないかと思われる巨大な像が鎮座していた。首が痛くなるくらい見上げても、巨大な手が辛うじて判別できる程度で、誰か人の姿を模しているのだろうと分かるくらいだ。
「これが神の像だ。敷地外では見えないよう結界が張り巡らされている。世界中には幾つか似たような地があって、そこでだけ神と交信することが許されているんだ」
「上手く出来てるなぁ」
聖地に神官にしか教えられない特別な陣として自分達を神格化することで、無暗やたらと召喚されないよう防いでいるのだろう。歴史を聞くに、陣術が活発になると同時にこの謎な建造物が各地に作られたみたいなので、いち早く”召喚”の脅威を悟った当時のジル様が動いたのか。その頃、天王であるジグ様はもう引きこもってるはずで、世界を改変する程の力を持つのは必然的にジル様だけだ。
「結局、天属と魔属の違いなんて、魔力の使い方が違うだけなのにこの扱いの差」
「……俺は聞いていないからな」
どうやら都合の悪いことは耳に入らないらしい。いや、それとも信じたくないだけなのか。魔属の召喚陣は広く知れ渡ってしまっているから、今更どうこう言ったところでどうにもならないんだけどね。
椅子に背を預けながら、青白い光を放つ陣へ向けて涼やかな声を返す。
「実に面白い話じゃないか。召喚された魔属が我らの同輩だなんて」
『所詮遣い魔は遣い魔に御座います。下等な魔属と我ら人間を同格とするのはいかな殿下とて慎まれるべきかと』
「お前の言い分では、その下等な生き物と番いし我が父は家畜とでも言うべきか」
『滅相も御座いません!陛下は我ら術士の偉大なる徒。その御子であらせられる殿下もまた、我らにとっては尊ぶべき御方なれば』
「……ふん、まあいい。今日のところは不問にしよう。下がれ」
『御前失礼致します』
役目を終えた陣は沈黙し、室内は静寂を取り戻す。揺らぐ灯火に映し出される横顔は、ひどく楽しげに嗤っていた。