リコル様、世界を知る
ジェイルは驚いていた。てっきりこのまま泣き喚くか、我を喪うかどちらかだと思っていたのだ。思っていた以上にアリサという少女は強かったらしい。
「この世界は三つに分けられます。一つは天界、もう一つがこの魔界。そして二つに挟まれた人界。天界と魔界は一人の王によって統治されていますが、人界を統べる人間達は極端に寿命が短いせいか、小競り合いが絶えないようですね。そのため代々の天界の長と魔界の長はそれなりに交流はありますが、人界とはほとんどありません。むしろ一方的に召喚されて、我々も天界の者も困っている状況です」
「ふうん。でも私も人間だよ?」
「違いますよ!リコル様は歴とした魔界に属する者。愚かな人界の者と一緒にしないでください」
「えー」
「強大な魔力の器、高貴なる色を宿した瞳と髪。我らが王と並び立つのにこれ以上相応しい者はおりません!」
力説されアリサははぁと答えるしかない。これ以上重ねても無駄だと悟ったのだ。
「そして魔界は……おっとこの辺で今回はやめましょうか。陛下が呼んでます」
「そうなの?全然聞こえないけど…」
「慣れれば判るようになりますよ。さぁ、いきましょうリコル様」
どうやら会場ではなく別のところへ行くようだ。一体どれだけあるんだと思われる長い廊下をジェイルと歩いていると、途中で柱に凭れかけたルーデリクスが腕を組んで立っていた。ジェイルに促され、ルーデリクスへと向かう。少し距離を開けて立ち止まったアリサをルーデリクスが狭めた。
「何もやってませんよ陛下。今夜にでも本人に確認してみればどうですか?…はは。おっとでは御前失礼します」
ひらりとアリサに手を振ってジェイルの姿が唐突に消える。これも魔術の一種なのかと感心していると、強い力で手首を取られた。ぐにゃりと風景が変わり、いつの間にか寝室に。
入浴の時と同じようにぽいぽい服を脱がされ、パンツ一枚のアリサにルーデリクスが上下のパジャマを押しつけた。どうやら着ろといわれているらしい。裸を一度見られたせいか、羞恥心はどこかに置き忘れたようだ。
遠慮することなく素肌の上にシャツを羽織った。明らかに男物。ルーデリクスのものだろう。ぶかぶかだったのでシャツとズボンの裾だけ折ったのだが、ウエストが全然違うので、動くたびにズボンがずり落ちてくる。四苦八苦しているとルーデリクスがズボンだけを脱がせた。シャツだけでも十分膝丈まであるのでいいだろう。
頷き、ベッドに寝転がったルーデリクスが自分の隣を叩く。アリサが恐る恐る横になると引き寄せられた。アリサの顔がルーデリクスの胸に当たる。優しく撫でられているうちにいつの間にか小さな寝息を立てていた。
眠ってしまった少女、アリサの頬に口づける。擽ったそうに身を捩りながらも、起きる気配はなかった。昼間に十分な休息を取ったので目は冴えている。ただアリサの緊張の糸を緩めてやるには睡眠が一番だろう。あどけない表情が月光でぼんやり浮かび上がる。自分と同じ黒髪を指に絡めながらアリサは不思議な少女だと眺めていた。
魔属の頂点として比類無き魔力を有する自分と同等の力を持つアリサ。初対面の時から真っ直ぐに目を合わせてきた。それがどんなに難しいことかアリサは知らないだろう。無意識に外へと流れる魔力に大抵は堪えきれず、屈して膝を折るか弱い者は失神するのだ。だからルーデリクスは王でありながら他者を傍に置かない。寂しいという気持ちは、とうの昔に消え失せてしまった。魔力を制御できないことは無いが、面倒なので放置してある。
花嫁などいらなかった。だから、連れてこられた花嫁は臣下に下げ渡そうと神官に伝えに行ったのだ。そこで偶然会ったアリサ。臆することなく直視してきた者は初めてで。気づけば、アリサをリコルと呼び、誰にも近寄らせない自室へと連れてきていた。疲れていたのかもしれない。抱き寄せた柔らかい肢体は予想以上に睡眠を促した。普通は無防備な姿を見せることに躊躇いを憶えるものだが、アリサに限ってその考えは全く浮かばなかった。実際、目を覚ました時にも喰われた様子はなかった。何処か当然と捉える自分がいて戸惑ったが、リコルならば主人に逆らわないのは当たり前のことだ。
今も安心しきって身体を預けるアリサに不快だとは思わない。兎がライオンの前で昼寝をするようなものだ。しかし、自らの牙を立てようとは、あまつさえ繁殖行動を取る気は全く起きない。性欲は人並みにあるが、魅力云々を前に腹上死されるのが嫌だったのだ。この魔界で膨大なルーデリクスの魔力を受け止めきった女などいなかった。良くて最後まで行為をした後に原形を留めているくらいだ。
アリサならば。同等の力を持つアリサならば耐えられるかもしれない。強い伴侶を求めるのは魔属の本能だ。極上の女を前にして耐えているのは、偏に無くしたくなかったから。単なる気まぐれだ。興味を失えば魔力を奪うなり、子種にするなりすればいい。
囚われたのは果たしてどちらか。
長い黒き夜はまだ明けない。
前半は続き、後半は魔王様の独白です。魔王らしい残忍らしさとリコル様に興味を持っているという部分が伝わっているといいです。