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魔王様のリコル  作者: aaa_rabit
人界篇
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覆水盆に返らず

 人という種族は魔属や天属とは違い、例外を除いて殆ど自らの内に魔力を持たない。その代わりに彼等はある特殊な図形や文字を描くことで大気にある膨大な魔力を操る術を持っていた。それこそが陣術と呼ばれるものであり、人が一つの世界を作り上げるに至った叡智の結晶である。何千年という歴史を積み重ねながら陣術の可能性を模索、改良し続け、今では陣術と自らにある少量の魔力を組み合わせることで自在に魔力を操ることを可能としているらしい。


 ディスワードが授業に出ている間、暇をもてあましていたアリサは退屈しのぎにと渡された書物をベッドの上で寝転がりながら捲っていた。そこで得られたのは陣術という魔術でも天術でも無い、弱者が知恵を絞った末に作り出された第三の|《術》すべ。以前ジグ様に”人術”と教わったが、正式には”陣術”と書くのが正解のようだ。ところで書物に使われている文字なのだが、魔界で習ったものの一つが使われていたので不自由なく読むことが出来た。


 国政を担う中心機関に住んでいたから当たり前だと思っていたのだが、元々魔界には文字という概念があまりないのだ。今のような形態になったのは外部から召喚された花嫁がもたらしたものであり、”国”という考えもそれまではなかったらしい。完全な縦社会だったからトップの一声で下は従ってしまう。種族同士の縄張り争いこそあれど弱肉強食の世界では当然のこと、本能で生きる彼等には世界を司る”王”さえいればそれだけで良かったのだ。その頃の”王”はどちらかというと神様のような存在で天界でいうジグ様のようなポジションだった。むしろ、ジグ様のあり方が本来の彼等の存在意義ともいえるだろう。それも”王”が人を娶ったことで大きく形態を変えることになる。人がもたらした新たな概念によって世界を保つだけだった”王”が、種族としての”王”としても君臨することになったのだ。それによって無秩序な世界にある程度の秩序が作られ、今のような魔界になった。


 話を戻すが、文字が認知され使われるようになったのは国としての機能が働くようになってからであり、それから作られた万民向けの簡単な文字が現代にまで主流となって続いている。他にも最初の花嫁がもたらした文字と、それ以前に何れかの魔王が戯れに作ったといわれているかなり複雑な言語体系の文字が一つ、計三つの文字をアリサは習った。その内の一つが人界にも伝わっているようで、きっと魔属の誰かが教えたのだろう。


「次は陣術の基本か……えっと、お腹辺りにある力を意識しながら文字を書きましょう?」


 って何その不思議パワー。つまり魔力で書けば良いのかな?


 いかんせん、内容が子供向けなだけに逆に分かりにくい。要は数式と同じで、決まったパターンの図や文字を描けばどういうわけか発動するのだろう。見様見真似で指に水を浸して机の上に描いていく。一応少量の魔力を込めながら完成させてみたが、本当にこれだけで出来ているのか。


「えっと、仕上げに『(フューム)』」


 陣に溢れんばかりの光が零れ出る。次の瞬間、屋根が文字通り吹っ飛んだ。




 同じ頃、少し離れた校舎で授業を受けていたディスワードは、突如として生じた大気を揺るがす爆音に窓の外を見た。奇しくも方角は教職員寮の辺り、何事かとクラス全員が窓へ駆け寄る。落ち着きなさいと言いながらも教師とて気が気では無いのだろう、教室から出ないよう言い置いて慌てて出て行く。


「先生!私もご一緒して宜しいでしょうか?」

「……アーク。ああ、そうか。君も昨日から住人だったな」

「はい」

「良いだろう。但し、くれぐれも勝手な行動はせず、私の傍に居るように」

「はい」


 同行を認められて足早に教師の後を付いていく。彼等が向かったのは職員室だが目的地は更にその奥。召喚の間と同じく普段は厳重に閉じられている転移陣の敷かれた部屋の扉は既に開いていた。


「ケライス先生」

「おお、ジーン君か。お主も第三寮の住人であったな」

「はい。それから彼も同じく第三寮なので、同行させても宜しいでしょうか?私の生徒です」

「認めよう。何が起こるか分からん以上、人手は多い方が良い」

「ありがとうございます。……アーク、手を」


 転移陣に慣れていなければはぐれる危険がある。それを回避する為には一人が二人分を発動させた方が安全だ。ディスワードは素直に己を預けた。


 安全性を考えて寮から少し離れた場所に転移をした二人だが、案の定現場は野次馬と関係者でごった返していた。幸い建物が崩れてはいないようだが、随分と風通しが良くなっている。


「これはまた派手にやらかしてくれたな。……行くぞ」


 既に駆けつけていた守備隊に声を掛けて現場に入れて貰う。程なくして現場に集まってきた第三寮の住人達は各々の使い魔達を呼び出していく。


「アイサカ。来い」


 左手首の契約陣に魔力を込めながら呼び掛けてみたが、一向に来る気配が無い。嫌な予感を胸に何度も呼び掛けていると、漸く瓦礫の影から姿を現した。


「……あはは。怒ってる?」


 開口一番のそれに、犯人はこいつなのだと悟る。と同時に周囲の警戒レベルは最高潮に達し、幾重もの結界が動きを妨害する。


『えっと、ディス……?』

「アーク、下がりなさい!」


 危険だと訴える視線を無視して、ディスワードはアリサに歩み寄った。これまでに接した時間から、表情に出ている気まずさと戸惑いが本物であることは分かっている。


「大人しくしていろ、この馬鹿。一体何をやらかした?」

『馬鹿って言う方が馬鹿なんだからね、全く。最近の若い子はこれだから』

「アイサカ」

『……今朝借りた本にあった火の陣術を試してみたらこうなっただけ』


 ディスワードは頭を抱えたくなった。あの本に載っている程度では精々拳大の火が点るだけの筈なのに、どうすれば大爆発が起きるのか。とはいえ、今は実演してみろと言うにはまずい状況で、何をされても大人しくしていろと告げてから向き直る。


「退きなさい。庇い立てすると貴方まで拘束しなければなりませんよ」

「落ち着いてください。今回のこれはこいつが原因ですが本人の意思では無いようです」

「それが嘘では無い証拠は?」

「ありません。が、これまでに抵抗する意思を見せていません。あの召喚に立ち会った先生ならばご存じでしょう?こいつはこの程度の結界、壊そうと思えば直ぐに()()()


 ざわりと空気が揺れる。そんな、まさかと声が飛び交うが、ディスワードが不敵に笑むのを見るなりはっと息を吞んだ。この少年はあのアーク(・・・)家の人間なのだと。


「本当か、イドリス」

「さあて?はったりにも思えるけどそうじゃないかもしれねぇなぁ」


 はぐらかす物言いに舌打ちを返し、厄介な現状に内心息を漏らす。完全な膠着状態を破ったのはそれから暫く後のことだった。

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