口は災いの元
「本当にお前、何も知らないんだな」
その通りだったので、アリサは食事に集中しながらも頷いた。あ、この肉おいしい。魔界の食事も美味しいんだけど、これはこれでなかなかいける。
「世界には三つの世界があって、神の住むといわれてる……」
「その話は知ってるから良いよ。それより、召喚の理由と契約の意味を教えて」
成り立ちくらいは、この世界に召喚されて直ぐの時にジェイルさんから教えてもらった。あれ?そう言えばその時に、人界から一方的に召喚されて困ってるとか零してたっけ。まさか、これか。祝☆召喚体験。……なんて喜べるかー!
「召喚の理由はそれこそ沢山あって一概には言えない。今回俺が喚んだのは、授業の一環で、ある程度経てば解放してやるつもりだったんだけど」
そんなあからさまに溜息つかなくても。だって、また誰かの花嫁とかリコルにされるのかなーとか思ってたし。召喚イコールってのもおかしな話だけど、実際そうだったんだからしょうがない。自分の価値を過信してたよ。反省、反省。
「お迎えくるまで、とか言っちゃったもんね~。あの時点で断れば良かったのに」
「いや、だってお前力強そうだったし。ここで逃したら惜しいと思ったんだよ。俺がお前を気に入ったのもあるけどな」
「あっそ。ところで少年よ」
「なんだ?」
「お前はやめて。これでも一応私あんたより年上だから。せめて名前で呼んで」
「いいのか?」
「何が?」
きょとんとする私。だから、その痛い子みたいに視線逸らさないでよ。失礼だろう、主に私に。
「あのなー。よーく憶えとけ!名前っていうのは一番大切な呪なんだぞ。個人を特定する大事な言葉だ。特に俺達の場合、契約を結んでいる。つまり俺がお前の名前を呼ぶ時は絶対の拘束力を持つんだ。お前がそれを意図しなくても、だ。判ったな。せめて愛称くらいにしとけ」
「だから私が良いって言ってるじゃん。それに少年程度に名前を呼ばれたくらいで縛られないよ」
当代一の魔王様ですら、私を縛れないんだから。でなければ、こんな不安になるものか。いっそ、身も心も完全に縛ってくれればルードの傍にいていいのだと安心できるのに。
「だったら俺のことも少年と呼ぶな、アイサカ。ディスでいい。俺は名前そのものに束縛を与えない名を持ってるから」
「……ディスワード、だもんね。あ、因みに教えたのはファミリーネームだから全然問題なし」
「いやいやいや!問題大有りだ。下手したらお前の家族まで契約したことになるぞ!」
血相を変えるディスを私は意外に思った。これまでの言動からして契約者が増えてラッキーとか言いそうなのを想像していたのだが。
「お前、今失礼なこと考えただろ」
「いやいや、全然ちっとも。え~と、心配してくれるのは嬉しいけど家族、居ないから大丈夫だよ」
つきんと胸が痛むのを無視して首を横に振る。
「ふ~ん」
ディスは疑わしそうな目で見ていたけれど、言いたくないのを悟ってくれたようだ。偉そうな割には、ちゃんと判ってくれるらしい。良かった。
「まぁ、兎に角アイサカは今日から俺の遣い魔になった。主な仕事は俺の命令を聞くこと。以上」
「シンプルだなぁ。そこはもうちょっと遠回しにさー」
「明日は早速、お前の力を見せてもらう。魔属に相対できるのは魔属だけだからな。お前の場合は人だが問題ないな」
「はい?」
「遣い魔の部屋は基本、主と同じ。監視も兼ねてるから大人しくしてろよ。俺は疲れたからもう寝る」
「ん、お休み~」
ここは正真正銘、寮なのだそうだ。それにしては一人に与えられるスペースが広すぎじゃないだろうか?ご丁寧に部屋が二つあって寝室と居間兼勉強部屋ってとこ。寝室もキングサイズのベッドが一つ。
……………………。
つまり一緒に寝ろと?
後から聞いた話では、元々淫族召喚者用の部屋、ということらしい。まぁ、食事とかはアレなワケだし、こっちの方が実用的っちゃあ納得。それにしても召喚した種族ごとに部屋を替えられるというのは面白いシステムだ。人型の魔属を召喚できる学生は少ないそうなので、人型魔属召喚者専用のこの第三寮に住んでいるのは、大半が教師で規模に比べて圧倒的に人数が少ないのが特徴。他の人や魔属には会っていないが、顔見知りだったら一緒に帰ってもらうのも有りかもしれない。
どこまでも自由なアリサだった。
「申し訳ありません」
ザイステールは己の失態に真っ青になりながらも洗いざらい報告した。ここに来る時点で、既に命の覚悟は出来ている。頭を垂れる前に座る男は、常と同じく一言も発しなかった。しかし、漏れ出る濃密な黒い魔力が何よりも心情を表している。
魔属の中でも、最も魔力が強いといわれる竜族のザイステールですら、意識を持っているのがやっとの状態だ。同じく耐えているジェイルの忍耐に感服する。
「陛下落ち着き下さいませ。城下が混乱します」
その一言に、禍々しい魔力は一点に集中し、そして収束した。見事な魔力制御。これが今代魔王の力。改めて恐ろしさを知ると同時に、アリサの偉大さを思い知る。この魔力を常時浴びながら平気でいるなど不可能だ。
魔王の眼差しを受けたジェイルは承知していますとばかりに頷いた。
「既に人界にて捜索の命を出しました。今は報を待ちましょう」
天界とは違い、界の隔たりが大きい人界へ渡るにはそれ相応の力が必要になる。加えて王がいない為に魔力を補給しにくく、人界での活動は容易ではない。必然捜索に向かうのは人と契約しているものか上位の魔属に限られるのだが、時期悪く先日の蜜期で多くが里帰り状態だ。こればかりはどうしようもない。
重苦しい空気に包まれた魔王城を知るものはまだ少ないが、やがて不穏な色は全土に広がっていくだろう。そうなれば以前の比では済まない被害が巻き起こることは想像に難くない。ルーデリクスがこの程度で済んでいるうちに早急にアリサを探す必要があった。