二度あることは三度ある
長らくお待たせ致しました。
学院の一室では、召喚儀式が行われていた。世界でも有数の陣術学院であるここは、入学して半年後になると召喚の儀式が待っている。それは異界から己の相棒となるモノを喚ぶこと。契約を結ぶことで、喚んだモノを使役する。
この日。
一人の優秀な男子学生が召喚に望んでいた。立ち会った教師は、召喚に要する膨大な魔力と魔法陣を見て久々の大物召喚に心を躍らせる。学生が言葉を紡ぎ、次第に光が強くなる。そして、光が収束した時一人の魔属が立っていた。
大きなどよめきを耳にして、なんだか似たようなことがあったかもと過去を振り返り、この世界へ来た時を思い出す。光に目をやられたせいで、薄ぼんやりとしか確認できないが、群青マントを羽織った連中が取り囲んでいるのは判る。
「お前の名は?」
「人の名前を聞く前に自分の名前を言うのが普通でしょ。それとも貴方は礼儀知らずなわけ?」
「くくっ。ただの馬鹿ではないか。よかろう。お前の望みを云え」
「はぁ?」
さっぱり状況が判らん。強制転移させられたのは感覚で分かったのだが、それだけだ。元々転移という術はかなり魔力を消費する為に、魔界でも使えるのはごく一部のみ。それも、強制転移となれば尚更で、相手は相応の力を持つと考えて良いだろう。
気に入らない。
ようやく目が慣れてきたアリサは眉を顰める。どこかの力ある種族かと思えば、どうも違う。アリサの鈍い魔力感知で、この種族はかなり低い種族であると判った。見た限りでは人型なので、上位魔属には違いないだろうが。
「何が目的?」
「……お前召喚を知らないのか?」
心底呆れたような声に、むっとするも知らないので渋々頷いた。転移と召喚、同じようで違う。これまた周囲が揺れた。鬱陶しい。
「お前は俺によって召喚された。そして、今からするのは契約。お前の望みを対価にお前は俺に力を貸す。おっと、逆らえば殺すからな」
周りの者達が一斉に人差し指をこちらに向けた。
ええっ?怖いんですけど。というか、人に指差すのはいけませんって教えられなかったのかこいつら。
「さっさと望みを言え」
そんな急かされても困るんですが……。苛々してるのは判るんだけど、突然突きつけられた言葉を鵜呑みにしろって言う方がおかしいでしょ。しかも、選択肢は一つしかないって。面倒くさい。
「ていうか、それが人にものを頼む態度?あんた何様って感じなのよね。いくら子供だからって分別のつく年じゃないの。そんな上から目線でものを頼まれて了承する馬鹿はいないからね、坊や」
「坊や、だと……?」
ひやりと冷たいものが喉元に突きつけられるような低い声にも、アリサは動じなかった。ここで厳しくとも教育的指導をしなければこの子はまともに育たないだろう。ただでさえ、最近のゆとり世代は目に余るものがあるのだから。と、昔を思い出したら泣けてきた。
「はっ!魔属風情が粋がるなよ。お前と俺が対等だと思うな」
酷薄な笑みが浮かび、それを合図として周囲が何かを唱え始める。指された指先に淡い光が灯っていく。
魔力とは性質が違う?似てるようで似ていない。魔属風情って、君は魔属じゃないの?
なんとなく嫌な予感がした。呼応して魔力が勝手に守ろうと動いた。間もなく耳を塞ぎたくなるような轟音と共に光が放たれる。
僅かに目測を間違えたのか、びりっと電撃を駆け巡るような不快感を感じた。それでも、一応防げはしたらしい。
驚きに呆然とするアリサに、満足したのかそれ以上の攻撃はなかった。
「従わねば、これをお前に浴びせる。それくらいは理解できるな?」
つまり、この坊や(声からしてまだ若そうなので)に逆らえばいやーなびりびりが待ってるのか。別にどうってことないけど、寝てる時にこれをやられたら立派な嫌がらせだ。帰りたいけど帰り方分かんないし。もしかして、条件次第では快適に暮らせるかも?殺すつもりは無いみたいだし。そのうちルードが迎えに来るでしょ。
「じゃあ、まず一つ目が衣食住の確保ね。あんたの暮らしと同じだけの基準でよろしく。で、二つ目が、私が嫌だなと思ったら力を貸さない。三つ目、行動の制限をしない。四つ目は私の睡眠を絶対邪魔しないで。五つ目は、労働に見合った対価をくれること。あとは、んー、日用品は揃えてね。あと、お迎え来るまでちゃんと面倒見てね」
よろしくと手を上げたアリサを、沈黙が包む。後から聞いた話によると、大抵はまぁ食事とか快楽とかある程度与えて貰って期限を区切るそうだ。長くなるとぷっつんする魔属も多いらしく、(魔力の少ない人間界にいると落ち着かないらしい)そうなると手がつけられないので危険だそう。逆に魔属が召喚した相手を気に入った場合は今後も力を貸して欲しい時だけ召喚に応じるよ~なんて契約をする魔属もいるらしい。一方的に召喚されちゃったのになんて太っ腹なんだと思わんでもない。が、ぶっちゃけ魔属はかなりの気まぐれなので、私みたいな要求は滅多にないそうだ。要は彼等は今の時点でかなり驚いてたのね。
「本当にそれで良いのか?」
「うん」
「……そうか」
不味かったかな?ちょっと多かったかな。いやいや、でも生活する上での最低限は必要だよね。力貸せって、人殺しとか犯罪はやだしなぁ。魔属の中にはそういう趣味の種族もいるらしいので。人狩りっていう一種の娯楽なんだけど。
「判った。三つ目の行動の制限に関しては、ある程度束縛させてもらうがその他は呑もう。お前の名前を言え」
名前、か。力量差も見極められないくせにここまで上から目線だと、いっそ腹立たしさすら憶える。大人だから顔に出さないけど結構お姉さん怒ってますよ~。大体保護者も保護者でしょ。あんたら一体どんな教育してるんだよ!
見えない保護者に文句を言いつつも仕方が無いと諦める。こうなったのも自業自得だ、自分の行動には責任を取らなければならないだろう。
「……逢坂だよ」
「アイスゥカ……変わった名前だな。では、アイスゥカ。汝が対価とし、我が求めに従うことをディスワード・リッテ・アークの名においてここに契約す 契約」
光の文字がアリサの手首を鎖のようにぐるっと一周する。変な呪文を最後に、それは入れ墨のように肌に貼り付いた。終わると同時に、向けられていた腕が下ろされる。あー疲れたーと言わんばかりに腕を回したり首を鳴らしながら、マント連中は出て行った。残ったのは偉そうな男の子だけ。フードを下ろしたそいつは、美形を見慣れているアリサからしてもそこそこ見目が良かった。ルード達のような神々しいというよりも、親しみやすい方でだけど。
「おい。行くぞ」
手招きされて、アリサは仕方なく重い腰を上げた。