大雨、後快晴
R15、無理矢理表現入ります。
苦手な方は飛ばしながら読み進めてくださいませ。
『嵐が吹くんだ』
ぽつぽつと窓を叩くだけの水滴は次第に威力を増し、やがて全てを叩きつける土砂降りの雨に変わる。
「……来る」
滅多に声を発することの無いルーデリクスはそう呟くと、視線を窓の外へと投げかけた。魔界では特に珍しくも無い天気にジェイルは首を傾げるが、ルーデリクスは完全に筆を置いてしまう。
「陛下?まだ仕事は……は?いえ、まさか……はい……はい。畏まりました、直ぐにでも公布を出しましょう。御前失礼致します」
足早にジェイルが出て行く。何時もの定位置で寝転がっていたアリサは上体を起こし、何事かと問いかけてくる。以前よりは大分改善されているも、未だ制御は甘いようで魔力が漏れ出ている。確かめるように目を細めれば、良い具合に己のものと混ざっているのが分かる。
これなら問題ない。
ルーデリクスはリコルを腕の中に閉じ込めると転移した。
春雷が轟き、雨脚がいっそう強くなる。
寝台に力なく投げ出された肢体を丁寧に、壊れる限界まで、何度も何度も欲望のまま激しく抱く。最早、全身でルーデリクスが触れていないところなど無いだろう。途中何度も気を無くしていたが、その度に鼓動を確かめては再び揺り起こした。次第に弱々しくなっていった声は今や発せられず、ただルーデリクスに応えるだけの従順な人形と化している。それでもルーデリクスには止められなかった。そして、この天の嘆きを聞いている者達の大半が同じように狂っていることだろう。そう、ルーデリクスが指示を出したのだから。
何百年か何千年に一度不定期に到来する、蜜期と呼ばれる交配に最適な時がやって来たのだ。大気に王の力が満ちることから住人達は極度の酩酊状態に置かれ、本能のままに番う。そして王にとっても、力を損なうこと無く契れる絶好の機会でもあるのだ。
だがその本当の意味を知るのは、王族と括られる彼等のみ。
何故大気に力が満ちるのかーーーそれは、王の誰かが消滅したからだ。正しくは現王の力となり、その際に解放される魔力が子孫繁栄を大きく促す要因になる。
天を暴れ回るのは、消えた王が最後に遺した強い慟哭だ。大事な、狂ってしまう程大事な己の”至宝”を亡くした嘆きが雨となり、大地を削る。
「……ずっと傍に居るから」
痩せた腕が伸びてきてルーデリクスの頭を引き寄せる。あやすようにゆっくりと撫でられる。
雨音が段々静まっていく。
優しい手つきに促され、ルーデリクスは目を閉じた。
空から一条の光が差し込んだ。
暫くは机を囲んで談笑していたが(実際に話してたのはオルさんだけだったけど)、ルードはシンリィさんに用事があるらしく、私はオルさんとレーイと共に部屋を出た。あ、レーイって言うのは、最初に攻撃を仕掛けてきた子供の名前で、本名はレーライウス。なんと、彼はルードの年が離れた弟に当たるんです。何でも、レーイが生まれたのは隠居生活に入ってからだそうで、ルードは全く存在を知らなかったみたい。まあ、ルードやシンリィさんを見る限り、彼等にとって血縁関係など意味が無いに等しいくらい淡泊なようだし、レーイも気にしてないからそれで良いんだろう。そう考えると、天界のお二人は仲よさそうだなぁ。
「お嬢さんは、ジルとジグを知ってるのかい?」
「あ、はい。天界で少し色々とありまして、アオイ……ジル様の花婿と時折文を交わしてます」
「そうか。ジルも見つけたのか……」
何処か感慨深そうに呟くオルさん。ジル様とジグ様がルードの叔父さんに当たるって事は、オルさんは二人のお兄さんになるんだよね。
「ああ。といっても、あの二人は僕と腹違いなんだよ。どちらかというと、シンリィさんの方が彼等と近い」
んん?それってつまり。
「シンリィさんと双子は先々代の魔王と先代の天王との間に生まれて、僕は人間と天王との間に生まれた子供なんだ」
「……王様同士で良いんですか?」
異母兄妹で番うことは、天界はどうだか知らないけれど、少なくとも魔界では珍しくない。
「当時は両界共に、魔力が枯渇していた時期でね、王に見合う番が生まれなかったんだよ。それで、本来は干渉しない双方が一致団結して奮闘した結果、漸くシンリィさんとジルやジグが生まれたんだ。それでもルドヴィーには適わないけれど」
「ルード、ですか?」
「知らなかった?ルドヴィーは始祖の再来とまで言われている、優れた魔王なんだよ」
初耳です。オルさんの言う”優れた”っていうのは、きっと魔力のことだろう。ルードはそれだけ力ある魔王って事なんだ。
「そしてお嬢さんもね」
「私も?」
「あのルドヴィーと番ってるお嬢さんも相当だよ。少なくとも僕達よりはずっと上だ」
全然実感は湧かない。魔力保有量に関しては相当だと自負していたつもりだが、先代魔王よりも上と言われても正直ぴんとこない。
「僕も驚いているよ。嫉妬を感じる程に」
切り株に腰掛けたオルさんはにこりと微笑んだ。聞き流すにはタイミングを逸し、かといって気の利いた返事の一つも返せず、結局出てきたのはそうですか、と気の抜けた言葉。
「レーイは僕とシンリィさんの子供だけど、見ての通り、王の器にさえなれない出来損ないだ。長くても中位魔属より先に消えるだろう。それでも僕はシンリィさんとの証を遺したかったんだ。勝手だよね……」
「そうですね。とても人間くさい、自分勝手な想いだと思いますよ」
初対面のオルさんが妙に親しく感じたのは、彼がきっととても人間に近い思考を持っているからだ。恐竜たちと遊ぶレーイは、やんちゃの規模を除けば年相応にしか見えず、実際見た目と同じかそれよりも少し長い時間しか生きていないのだろう。恐竜たちはルードのようにレーイを恐れない。それが答えだ。力ある両親から生まれたにしては、あまりにも脆弱な存在。出来損ないだ。それでも、オルさんはレーイの存在を消すことをしなかった。それどころか慈しんでいるようにさえ見える。
きっとオルさんは望んだんだろう。人間だった自分の母親のように、妻と子供を愛し、慈しむ生活を。
「……嵐が吹くんだ」
オルさんはここでは無い、何処か遠くを見ていた。
「僕も一度だけ経験したことがある。空が分厚い雲に覆われて、激しい雨が地面を叩きつけるんだ。まるで空が泣いてるようにね、長い長い雷雨が何日も続いて、ある日突然止む。そして差し込んできた明るい日射しを浴びて、涙を流したことを憶えているよ。もういないんだなって。父さんは何処にもいないんだなって知った」
意味は全然分からないが、何か重要なことを言っている気がした。その何かが掴めそうで掴めなくて、やがて言葉は意識の下に沈んでいく。
『もうすぐ嵐が来るんだ』
それだけが、耳に残った。
暴走に意識があっては災厄を呼び込むだけだ。それを避ける為の薬を、ルーデリクスは机の上に置いた。相対する互いの感情は読めない、だが、彼等の間には言葉など必要なかった。
暫しの沈黙の後、手の平に小瓶を収めたシィンリースは、静かに瞠目した。彼女が浮かべるのは残り時間も僅かな愛しい番のこと。これさえあれば、悠久の苦しみを味わうことも無く共に逝けるだろう。
「礼を言う」
シィンリースの幸せそうな微笑みにそっけなく頷きを返し、ルーデリクスは今し方手渡した小瓶をじっと見つめた。何時かはきっと、自分も同じように小瓶を受け取る時が来るのだろう。それを悲しいと感じ、ルーデリクスは己の心内にそっと感情を押し込めた。
空気が動く。
ルーデリクスにしては珍しく虚を突かれ、戸惑いに揺れた。
「子供にはこうするのだと、オルが言った」
ルーデリクスは固まったまま、不器用に頭を撫でる手を受け入れていた。シィンリースは撫でるという行為の意味を理解していない。そしてルーデリクスもまた同じ事だ。けれども、それが存外心地良いのだと、アリサを通じて知っていた。親子という概念の薄い彼等にとっては、番以外との触れ合いなど皆無に等しいから余計に分からない。
シィンリースが飽きるまで、ルーデリクスは好きなようにさせた。それをアリサが見れば、不器用な親子の一幕として映っていただろう。
ベビーブームの到来です。
後日、あの嵐が蜜期と呼ばれる繁殖には最適な時期であり、その間はひたすら子作りに励むのだとジェイルさんに教えて貰いました。もっと早く教えて欲しかったです、切実に!
それからもう一つ、嵐が過ぎ去って久方ぶりに浴びた日射しの中でルードが教えてくれました。シンリィさんとオルさんが消えたことを。魔界中を酩酊させる大量の魔力は、王の意識が消滅する際に発せられるもので、凄まじい嵐はその副産物なのだとか。
それはつまり、シンリィさんはまだ生きていることになるのだろう、魔界中に満ちる魔力として。
そう言ったら、ルードは不思議そうにしていたけれど、生死の概念をどう置くかで変わるのだろう。意識、魂という意味でのシンリィさんはもう何処にもいないのだから。あるのはただ空っぽな器だけだ。
毎日のようにおめでたの報告がやってくる。各族長達が連日のように蜜期で身籠もった妊娠者数を伝えてくるのだ。生まれる時期は種族ごとで全く違うので、即日という場合もあれば何百年単位のところもある。サハンも一児のお父さんになるのだと報告して、帰って行きました。妊娠してから子供が殻を破るまでは番の傍で世話をするのが竜族の雄の習性らしい。だから何百年単位で戻ってこないだろうとのこと。新しい魔術の先生が見つかるまでは、ジェイルさんが先生になってくれるそうです。あ、ジェイルさんのところでも七人の奥さんが妊娠したそうですよ。……深くは突っ込むまい。
窓から吹き込む穏やかな初夏の陽気に包まれながら、とろとろと夢と現の狭間に微睡む。
また元通りの、そして、少しだけ賑やかになりそうな日常がこれからも続いていくのだろう。この先、もっと大きな嵐が吹く時がやって来るのかもしれない。
その時にはきっと私もいなくなるのだろう。
ルードと一緒に。
~間章解説~
今回は、ルードの両親を介して魔王の最後の時を書かせていただきました。
表現足らずで理解しにくいと思いますので一応解説しておきます。
魔王だけでなく”王族”と呼ばれる彼等はほぼ無限の時を生きます。ただ、彼等が迎えた”番”はその限りではありません(今回だとオルさんが該当します)。オルさんも王族ですが、人と王族のハーフであり、またルードを生み出す為に大半の魔力を使っちゃったわけで、急激に老いがやって来たんですね。
ルードは子供の頃からそれに気付いていました。そして魔王位を継ぎ、アリサを得たことで、漸くオルさんとシンリィさんの想いを知るわけです。二人は単なる”番”ではなく”宝”でもあるのだと。それまで”宝”を得ていなかったルードは、二人の取った行動がまるで理解出来ず、ずっと放置していたんです。
知った今でも、放置していたルードですが、アリサが両親に会いたがっているのを知り、その願いを叶える序でに両親が望むであろう薬を作って持っていきました。その薬の作用は、”シンリィ”という意識を消す、こことはまるで法則の違う世界で作られた代物です。中途半端に意識が残っていると、”宝”の消失に耐えきれず狂った魔力が暴走し、シンリィの魔力が残っている魔界は深刻なダメージを受けてしまいます。だから、意識を消すことでシンリィという”意識”が統括していた魔力をルードが取り込み魔界に循環させるという手段をとらなくてはいけませんでした。
シンリィも狂うくらいならオルさんと一緒に逝きたい、という希望を持っていたので、躊躇わずに薬を受け取ったというのが顛末です。
過去を遡れば、歴代の魔王の中には二人やルードのように”番”と”宝”が等しい場合も結構あったようで、対処法がちゃんと伝えられています。勿論中には”髪飾り”や”花”といったものを”宝”にしている魔王もいるので、そういう方々はしぶとく存在しています。流石に初代様は、長生きしすぎて消滅しましたけど(笑)