顛末+来訪=?
天界篇ラスト+連投第三弾。少し長めです。
怠い身体を引きずりながら、ザイステールに案内されたそこには神々しい程に輝くジルシールと、げっそりと窶れきったアオイの姿があった。
「リコル様?」
「面倒だから帰るよ、ザイ」
咄嗟に扉を閉じてしまったアリサをザイステールが訝しげに問いかける。それを無視し、踵を返そうとしたところで、内側からジルシールが扉を開いた。
「遠慮せず入りたまえよ、ルドヴィーのリコル」
「はい……」
逃げるのが一瞬遅かったらしい。仕方なく室内に足を踏み入れたアリサは、ジルシールとアオイだけでなく、ナツメとロヴィもいたことを知った。ナツメに小さく手を振られ、心なしか意識が浮上する。ジルシールに促されて対面に腰掛けたアリサの前に、ロヴィと同じ顔をした目つきの悪い従者がカップを置いた。前例がある為、恐る恐るといった感じで口を付けたが、それが何時も飲んでいるお茶であることに安堵して、大人しく喉を潤す。
「それで、皆さんは一体どういうご用件で?」
「あ~、それはだな、」
「君を勧誘しに来たのだよ。どうかな、ルドヴィーのリコル。このまま我が天界にて留まる気はないかね?」
「お断りします」
「ジグもいるぞ?」
「……そうですね」
「アオイが寂しがるのだ」
それが本音じゃないのか!?とと、思わず突っ込んじゃいましたよ。いかんいかん。
「それならナツメちゃんがいるから問題ないですよ。ね?」
魔力によって傷も瞬時に治る世界ではあるが、一度失えば治らない箇所もある。天馬の場合はそれが蹄だった。駆ける足を失った天馬は最早天馬ではない。天王の従者としての任を解かれたロヴィは、現在天王代理であるジルシールの元で世話になっているのではなかったか。
「おや、聞いていないのかい?そこのモノ等は、銀狼に引き取られることになったのだよ」
「ジェイルさんに?」
「駆ける足を失った天馬は天馬じゃねぇからな。受け入れられねぇんだよ」
ロシェが吐き捨てるように言う。天属は魔属と違って魔力だけが上下を決める世界ではなく、見目も重要視される世界なのだ。ジグリースが完璧な調和を好むように、欠けたモノは受け入れられずに一族で酷い扱いを受けるのだとか。一時は天王の従者まで上り詰めたロヴィだ、その屈辱には耐えきれないのだろう。と思ったが。
「我はどうでも良いのだが、アオイがね、」
「そいつは兎も角、姉貴まで酷い目に合わせられるかってんだ」
「と言うものだから。全く我が侭な花だ」
困ったと眉尻を下げながら、ジルシールが見つめる目はとても優しい。アオイの願いを聞き届ける為に、というのが魔界までやって来た本当の理由なのだろう。
「我の目的は君だよ」
訂正。私の勧誘も含まれているようです。
「申し訳ありませんがリコル様は陛下のリコル故、御容赦を」
いつの間にか、ジェイルがザイの隣に並んでいた。
「……ジェイル様。この度はかたじけない」
「気にするな。俺も奥さんのお強請りには弱いんでね。……ああ、此方がお前の奥方か?」
「ナツメと申します。この度は夫共々お世話になります」
「初めまして。そして魔界へようこそ、希有なる異世界のお客人。俺は獣族を束ねているジェイルと言う。君たちの後見人だ」
「改めてよろしくお願いします、ジェイル様、リコル様」
おお~、流石ナツメちゃん。既に魔界のややこしい作法を身につけている。偉い偉い。……て、私もっすか?
「陛下から聞いてませんか?」
何を?
アリサの疑問に気付いたらしいジェイルは苦笑いしていた。あれで結構嫉妬深いんで、陛下が言うわけありませんよね、と零す辺り、ジェイルもルーデリクスがアリサに伝える事を期待していたわけではないらしい。
「ナツメは本日付でリコル様の侍女になりました」
じじょ、じじょ。……侍女?
「え。ええええ~!!!?」
ちょ、初耳なんですけど!?ルードさぁん!……呼んだか?って、いや、まあ呼んだけど。どういうこと、ナツメちゃんが侍女って?……そのままだ?確かにそうだけど、私が言いたいのはそういうことじゃなくてね。なんでナツメちゃんが侍女なの?……ああ、ジェイルさんの。ふ~ん、納得。
「分かった」
「いや、なんで今ので分かるんだよ?!」
「分からぬのか?」
「分からないの?」
「慣れれば、ねぇ?」
ジルシールは首を傾げ、アリサも昔は私もそうだったなあと遠い目をする。何でも最近アオイも魔術の練習を始めたらしいのだが、その成果は芳しくないようで。こればかりはアリサも頑張ってという他無い。個人的には今のアイコンタクトにしか見えない会話を、ナツメが受信していた方が驚きだ。
「私は感度が良いそうです。天力……魔力の扱いに関しては、天王様からもお褒めに与ったんですよ」
「あ~、そうだったね。ジグ様が上手いって言ってたの思い出したよ」
因みにアリサへの評価はけちょんけちょんだったことも記しておく。ルードと会話が成立していることが奇跡だとも言われた。あ、なんか落ち込んできた。ルードに頭を撫でられて復活したけどね!エヘヘ。
「ルドヴィー。リコルを我に寄越せ」
「……」
「どうしてもか?」
まだ諦めてなかったのか、と少々げんなりしていると、急速に脳内に靄が掛かる。遠くから語りかけてくる声は、思わず頷きたくなるような強制力を持っていて抗う気力が無くなる。術中に嵌まったのだと理解はしていたが、意思が段々保てなくなる。やばい。
「……アリサ」
ルーデリクスの声で我に返る。やれやれとでも言いたげな視線に、アリサは悄然と肩を落とした。因みにジルシールはアオイから盛大な小言を受けて、最早此方に注意を向けていない。
「リコル様……」
「言わないでください、ジェイルさん。自覚してますから」
ルーデリクスにも匹敵するアリサの魔力があれば、本来精神系の天術は効かないはずなのだ。それに掛かってしまうのは、アリサが未熟であり、ひいては護衛なしに動けない理由でもある。アリサの望む、外出への道のりはまだまだ遠そうだ。
文字の練習も兼ねた文通をする事を約束し、ジルシール一行は天界へと帰って行った。侍女とは言っても、ナツメもまた他の者達同様、プライベート空間へ立ち入ることを許されておらず、また、主でもあるルーデリクスは執務に出ていてここに居るのはアリサだけ。
久しぶりの一人きりに、落ち着くような寂しいような。いつの間にか、誰かが傍に居ることが当たり前になっていたらしい。
いつからこんなに弱くなったのだろう。一人でいることが寂しいと思うなんて。
独りよがりでなく、心が通ってるのだと知ってしまってから、嘗ての自分に戻れなくなっているのを自覚していた。あの美しい魔王がいなければアリサはもう生きてはいけないだろう。それ程あの魔王に溺れてしまっている。甘やかな戒めに囚われ、藻掻くのも忘れてただ魅入られているのだろう。誰かに依存して生きるなんて本当に最悪だ。愚かな自分に嗤ってしまう、それでも。
最後までずっとこの甘い夢が見続けられたら良いのにと願わずにはいられない。
たとえこの先に破滅が待っているとしても――――。
~ナツメが侍女になった本当の理由~
ルード)……ジェイルの番にあのモノ以上がいない
(翻訳byアリサ:魔力によるヒエラルキーで成り立っている魔界では族長が一番強い。その番である者達も当然そうでなければならないが、ジェイルの番の中でナツメ以上に魔力の大きい者がいないのだ。それでは族内のパワーバランスが取れなくなる為、アリサの侍女として城に留めることで、族内の秩序を保ったのだ)
ようは体の良い厄介払いされたわけです。
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