リコル様、誕生日会に出席する
もしかしてこの人って偉い人なの?
開けられた部屋の中は別世界だった。煌びやかに着飾った男女が談笑し見るからに豪華な食事が壁際に並んでいる。そんな彼等だが私達の姿を認めると会話をやめ、頭を下げていく。そんな中を私は男に手を引かれて歩いていった。
そして男が座ったのは一段高い、室内全体が見渡せる一番奥の一際豪奢な椅子。そして私は、なんと彼の膝の上だった。
大勢の前で膝抱っこ。恥ずかしすぎて俯いている私を気にすることなく、男は隣に立っていた人に合図した。合図を受けてその人が声を張り上げる。
「この度は第六代魔王ルーデリクス様の生誕祭にようこそいらっしゃいました。今宵は無礼講。思う存分お楽しみください」
この男が魔王!?ぱっと顔を上げた私はまじまじと男を見た。黒一色に身を包んだ美しい男。一言も話さず、ぴくりとも動かない表情は逆に冷酷さを思わせる。
のだが、その瞳を見れば怖いとは思えなかった。吸い込まれそうな黒水晶は穏やかな暖かさを宿しているから。
それにしても居心地が悪い。挨拶に来る人達は興味深げに私を観察しているし、魔王様はつまらなさそうに片手で私の長い黒髪を手で遊んでいる。
「ご生誕おめでとうございます、魔王様。そちらの方は、陛下の新しいお妃さま?」
「……」
「なんだ違うのか。……ええー本気ですか?判ってますって」
緑色の髪をした肉食獣を思わせる男が魔王様と会話を成立させていた。というか魔王様は一言も喋ってないのになんで判るんだろう。不思議。
そんな私の視線に気づいたのか、彼の興味が私に映った。
「初めまして陛下のリコルさま?美しい髪と瞳をお持ちですね」
「は?いやいや貴方の方がうんと綺麗です」
「またまた謙遜を。高貴なる色をお持ちではないですか?」
どうやら黒は高貴な色らしいです。お、もしかしてこの人なら教えてくれるかも。
「あの、名前を教えてくれませんか?」
「ああ、それは失礼。俺は獣族のトップを務めてるジェイルって言います」
「ご丁寧にどうも。私は逢坂亜里砂です。ところで状況がさっぱり判らないので教えてくれませんか?」
「え?アリサ様はこの度召喚された花嫁の一人なんですよね?ブルーフから説明を聞いたんじゃないんですか」
お互い顔を合わせる。どうやらかなり食い違いがあるらしい。
「……陛下。いやいや知らんじゃありませんって!」
折角整えていた髪を掻きむしったジェイルがこちらへどうぞと近くの部屋までエスコートしてくれる(魔王様が放してくれたので)。興味深げな視線がびしばし飛んできたが、私はひたすら無視した。扉を閉じて何事かジェイルが呟けば、聞こえていた音楽が途切れた。
「音を遮断したんですよ。あまり聞かれたくないんでね」
「そうですか」
密室に男と二人きりというのは緊張するものがあったが、察したジェイルは一定の距離を開けて座った。気遣いに感謝しつつ一通り今把握していることを伝える。
いきなり魔王の花嫁として召喚されたこと。家に帰ろうとしたら魔王様に連れて行かれたこと。
そして全然知らないのに慣れかけていた自分に愕然とした。
「それはまたお気の毒に……。そうですね。とりあえずあの方が魔王様だとは判りましたよね」
それはまぁ、見れば一目瞭然だろう。
「じゃあ貴方が陛下のリコルだって事は?」
「リコル?」
「ええとですね。人間界でいうペットってやつかな?」
「ペットぉ?」
ちょっと待て。私はいつ魔王様のペットになった、いやされたのか?言われてみれば今までペット扱いだったと思えば色々と頷ける。じゃなくて!
「私は誰かのペットになるつもりはありませんしすぐに家に帰してください!」
「ごめん。無理なんです」
「なんで?」
「召喚の儀式は一方通行なので。リコル様の世界で魔術を使える人間がいれば可能なんですけどね」
地球では魔法なんて架空上のものだ。職業魔法使いなんて頭がおかしい人だけだろう。
つまり二度と家には帰れない。突きつけられた事実に全身の力が抜けた。一人掛けのチェアに身を預け、柔らかな感触に埋める。その答えは何となく予想していた。考えたくはなかったけれど。
「この世界はどんな世界なんですか?」
生きていくには現実を受け止めるしかない。腹を括りましょう。
12/12サブタイトル変更。ストーリー上、まずいので。