世界+予兆=?
とはいえ、ロシェはジルシールに忠誠を誓っている身。普段の言動から誤解されやすいが、忠誠心は彼等が魔王に捧げるものにも負けない。故に、ロシェはのらりくらりと躱し、或いは真っ向から拒否を示し、一向に本題に入ろうとはしなかった。
「ふぅ。流石は補佐官と言ったところですねぇ。手強い手強い」
「そりゃどうも。あんな馬鹿でも一応俺の主なんでね。無理なもんは無理だ」
「仕方がありませんねぇ。あまりこの手は使いたくなかったのですが」
目を伏せるそぶりを見せながらジェイルに確認を取れば、ジェイルは苦笑しながらも一つ頷く。
長時間かければ籠絡する自信はあるのだが、如何せん今は四の五の言っていられる状況では無い。それは、怒りのボルテージに比例して濃くなっていく魔力が示している。具体的にいえば魔力を糧とするウォーリアスを満腹にさせるくらい。規模で考えれば、領土の一つや二つが軽く吹き飛ばせる。要するにルーデリクスの我慢の限界が近づいているのだ。
ウォーリアスとしてはこのまま大暴れしてくれても一向に構わないのだが、メリットとデメリットを考え、断念する。事を起こした後始末が面倒な気持ちが上回ったともいう。
「陛下ぁ、この人は役立たずです!」
呑気な声が室温を急激に下げていく。自ら振っておきながら、ウォーリアスは失神しない自分を褒めたかった。あまりにも濃厚な魔力に半ば陶然としながらも、やるべき事は果たす。ウォーリアスは伸ばした腕で、片方の少年を床に叩きつけた。ルーデリクスの魔力に吞まれていたロシェは衝撃音で我に返るが、その身体はいつの間にかジェイルに拘束されており動くこと適わない。
「君って天王様のところの子だよねぇ?さっさと吐いちゃった方が楽だよぉ?」
無表情の中に苦しみと戸惑いを浮かべる少年を見下ろし、ウォーリアスはにこりと微笑んだ。さてどうしようかとルーデリクスを仰いだところで、驚愕に染めた瞳とぶつかる。
「嘘……だろ?あいつ何で……二人……」
ふらりとアオイが立ち上がり、顔色を真っ青にしながらも近づいていく。
「ロシェとロヴィは双子なのだよ。我が国では珍しくも無いことだ」
ジルシールとジグリースを筆頭に、天界では上位種族による多胎児の出生率が異常に高い。その代わりとでもいうのか、それぞれが持つ能力は一人に比べて劣る場合が多いのだが、稀にどちらもが強大な力を持って生まれることもある。それぞれの従者である天馬の二人は後者に当たるだろう。
「ずっとおかしいと思ってたんだ。ナツメのことをアンタに聞いても教えて……ぶべっ!?」
「アオイー!!?」
煩い蝿を払うかのように腕の一振りでアオイを退けたルーデリクスは、酷薄な光を宿したままロヴィを見下ろす。同様に魔力でロシェを束縛して動きを封じたジェイルは、ルーデリクスの一歩前に出た。
「了解しました陛下。……やってください、ウォーリアス」
「あんまりこういうのは得意じゃないんだけどなぁ」
愚痴を漏らしながらもウォーリアスは迷うこと無く掴んでいた腕をあらぬ方へ捻り上げた。瞬間奔る激痛に瞳が大きく歪む。
「やめてくれ!」
外野の騒々しさに、ウォーリアスは顔を顰めながらも拘束する力を緩めない。
「たかが腕の一本で騒がないでくださいよ。こんなの直ぐに治るんですから。……腕の痛覚を無くしてからするボクって優しいなぁ」
折った腕の中指の爪を強引に剥ぎ取る。天馬にとって蹄は走るのに欠かせない重要な部位だ。そこを傷つけられたのだから、流石に耐えきれなかったのか悲鳴が漏れる。
「陛下がお前の口からお望みなのは一つだけだ。天王の居場所、知っているんだろう?」
「……言えません」
「大した忠誠心だ。だが良いのか?お前が言わなければ天界は滅ぶが」
「……言えません」
「だろうな。天界と言っても紛い物だ。ならば……ナツメがどうなっても良いのか?」
ナツメなる者が誰かは分からないが、アオイの言葉からその者が鍵を握っていると直感して問いかける。
「っ!……言えません」
案の定示された、ほんの僅かな反応に、ジェイルは自身の目に狂いが無いことを確信した。そして心を覗き見、そして伝える事にも長けているルーデリクスには、ほんの一瞬ロヴィの心中を垣間見ただけで十分なのである。転移に必要な条件は揃った。
強引に破ろうと魔力を練り始めたところで、大きな魔力の波動が波打つのを感じる。
「まさか!」
喜色の混じった声が叫ぶ。
「これは……」
世界が本来の主を取り戻して、脈動する。
「天王陛下……」
白の世界が瞬く間に鮮やかな楽園の姿を取り戻す。
これが王の力。
「妙に騒がしい……気がする」
働かざる者食うべからずを心情とするアリサは、ナツメの手伝いで野菜を収穫していたところだった。そこへやって来たのは難しい顔をしたジグリースであり、アリサは一瞥もしないまませっせと手を動かす。
「これ。聞いておるか」
「あー、聞いてる聞いてる。そこ野菜置いてあるから踏まないでくださいね」
「む?ああ、済まぬ。遅かった」
「あー、聞いてる聞いてる。……は?!ちょ、何してくれてやがるんですかジグ様!」
「踏んづけたな」
一足遅く、収穫したばかりの野菜はジグリースの足下で無残な姿に成り果てていた。折角選び抜いた野菜達だったのに、と肩を落とす。
「また選び直せば良かろう?」
「私はそれが良かったんですよ」
「何故だ?どれも同じでは無いか」
ジグリースの言う通り、確かにここに植えられた野菜は色艶形のどれをとっても同じで一つとして違うものはない。いや、正確には世界の作用で排除されてしまう。
「同じじゃ無いですよ。私にとってはオンリーワンだったんです、ソレ。……で、一体何のご用ですか?」
この内容に関しては平行線を辿ることが既に判りきっているので、アリサは強引に話題を変えた。
「……やはり聞いておらなかったな?」
「ちゃんと聞いてましたよ。今度は一体誰が連れ込まれたんです?」
騒がしいと言うからには、また心が読めてしまって~とかいうあれだ、きっと。
そう思ったのだが、ジグリースが否、と首を横に振る。
「ここは変わらず穏やかなものよ。騒がしいのは外……天界で何かあったのか」
どうやら彼なりに天界の事を気にかけていたらしい。でなければ騒がしい等と気付くはずも無いからだ。何だかんだでこの人も王様なんだな、
「煩わしいな」
……撤回。ルードの方がよっぽど王様やってるよ。ごめんね、ルード。こんなサボり魔と一緒にしたらルードが可哀相だよね。
「……ルード?」
黒髪の魔王のことを考えていたからだろうか、ふと見知った気配が通り過ぎた気がした。けれどもこの世界は外界と隔絶されており、変わらない陽気だけが身を包んでいる。やっぱり気のせいなのだろうか。
ところがジグリースは、アリサの呟きを拾うなり、地平線の一点を睨んだ。途端、その方角から強大な魔力が流れ込んでくる。全てを凍てつかせるあの魔力とは違う、心の底を暴き立てるような波から守るようにして、アリサは自身を抱きしめた。幸い直ぐに波は過ぎ去って行き、アリサは強張りを解しながら小さく息を吐く。ルードの魔力は直ぐに慣れたのに、ジグリースの魔力はなかなか身体が馴染んでくれない。
「アリサさん?!」
「あ~、ごめんねナツメちゃん。吃驚したよね?」
この短期間で魔力を感知出来るようになっていたナツメが血相を変えて走ってくるのを認め、アリサは頭を掻きながら迎えた。文句の一つでも言ってやろうと隣を仰ぐが、未だ遠くを睨み付けているジグリースを見てやめた。これでも空気は読める方なのである。
「天王様はどうかなされたのですか?」
「私にもよく分からなくて……」
「……戻るぞ」
「はい?」
聞き返すも右手を強引に掴まれ、アリサは空いた左手で咄嗟にナツメの腕を取った。同時に馴染んだ働きをする魔力に転移が行われるのだと悟る。
目を丸くするナツメと共に、空間の揺らぎを感じたのが最後だった。
二人が出会うまであと一歩です。
次は第○次天魔大戦勃発の予定(笑)
冗談です。
多分流血描写入ります。