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魔王様のリコル  作者: aaa_rabit
天界扁
33/66

アンケートお礼SSその2


~その者立ち入るべからず~




 カリ、と最後の文字を書き終えたルーデリクスは、漸く筆を置いた。どれくらいの時を費やしたのか、堆く積まれた書類は机の右端から左端へと移動し、空に浮かぶ月もまた地平線の向こうへと沈もうとしていた。


 この時間ならば、彼のリコルたる者は既に寝ているだろう。それがほんの少しだけつまらないと思いつつ、ルーデリクスは執務室から姿を消した。




 着ていた衣服を脱ぎ捨てる、のではなく丁寧に畳んで籠の中に入れておく。明日になれば城勤めの者が回収に来るだろう、箪笥から寝間着を出すと手早く身につけていく。そのまま衣装部屋を横切れば寝室に繋がっている。窓から差し込む淡い緑色の月光が寝台を照らし、紗を通して内部はまるで水面のようだった。毛布に丸まって眠っているアリサに、僅かに双眸を緩めたルーデリクスはなるべく起こさないようにと慎重にその隣へ潜り込む。いつものように暖かな身体を引き寄せようとしたルーデリクスは、微かな違和感を感じて目を開いた。


 何だこれは?


 返ってくるのは確かに柔らかな感触なのだが、それは彼が望んでいたものとかなり違う。どうにもその違和感が気になって、ルーデリクスは上体を起こした。闇夜も難なく見通す目が映すのは、大きな……何だろうか?


 ひとまず害のないものと判断し、それに抱きついているアリサの腕からそれを引き抜くと、寝台から放り出した。なぜ放り出したかといえば、何となく気に入らないから。


 暫くすると腕の中から消えてしまった何かを探すようにアリサの手が彷徨う。やがてアリサの身体に回していたルーデリクスの腕を何かと勘違いしたのか、ルーデリクスの腕を抱いたまま眠ってしまった。


 流石にこの体勢は辛い。


 転移の応用で片腕の途中で空間を繋げておけば、無理のない姿勢が取れる。翌朝、ルーデリクスの片腕がちぎれてしまったと勘違いしたアリサが大騒ぎしたのはいうまでもない。




 いつもならば穏やかに流れる筈の空気が、今日に限って、妙に揺らいでいた。その発信源はいうまでもなく執務机にかじりつくその人である。大人げないというか、ジェイルからすれば微笑ましいのだが、笑えば確実にとばっちりがこちらに来るだろうことは想像に難くない。


「はい、陛下。そんなに睨みつけてもどうにもなりませんよ」


 ……判っている


 不機嫌そうに窄められた双眸が、仇敵にでも会ったように一点を睨む。しかし、それは誰もが恐れ、ひれ伏すであろう魔王の眼力を前にしても飄々と佇んでいた。赤い円らな瞳が嘲笑っているかのようで、ルーデリクスの押しつける筆先が強くなる。その心情を正確に読み取ったジェイルは、やはり吹き出しそうになるのを堪え、執務室を退出した。




 時は少々遡る。


 アリサは、天王に嫁いでいった花嫁ならぬ花婿から贈られたそれをいたく気に入っていた。魔界に来るまでは毎日共に眠っていた相棒、その名をぴょん。つまり、うさぎのぬいぐるみである。事の発端は些細な世間話。男でありながら誰よりも女らしい(本人に云うと怒られる)友人は手先がとても器用だった。そしてふと懐かしい相棒のことを思い出し、ならばと贈られたのがそれ、ぴょん2号ならぬ

ぴょん吉である。


 妥協を許さない二人によって考案されたそれは、売り物としても何ら遜色のないものとしてアリサの手元へ置かれることになった。元来ぬいぐるみが好きだったアリサはそれを猫可愛がりし、おはようのキスからお休みのキスまでぴょん吉は瞬く間にリコルの寵愛を受ける身となったのである。




 当然それが面白くないのはルーデリクスだった。自分には滅多にしてくれないのに、それには毎日のようにキスをし、寝る時はいつでも一緒、暇さえあればアリサの膝を占領しているのだから。たかが布袋の分際で自分よりもアリサの関心を惹くなど、許せることではなかった。


 苛立ち紛れにそれを放り投げた時のアリサの剣幕といったら、腹立たしいことこの上ない。しかし、それを抹殺すればアリサが確実に怒るだろう(あれで怒ると手がつけられない)ことは理解していたので、苛立ちをぶつけることも出来ず、その気持ちを持て余しているというわけだ。


 加えて、ルーデリクスの気分を急降下させる存在が執務室の、アリサ専用と云っても差し支えないソファーに鎮座しているとあれば尚更だった。


 リコル様もどういう理由でそこに”ぴょん吉”殿を置いていったのか。


 いまいち掴み所のないアリサを脳裏に浮かべ、ジェイルは苦笑するしかない。溢れんばかりの書類を手に、戦場さながらの殺気を垂れ流している執務室への道のりを歩いていると、反対側から見慣れた姿を発見した。


「あ、ジェイルさん!」

「リコル様。お出かけはいかがでしたか?」

「久しぶりだから楽しかったです。……どうして知ってるんですか」


 どうやらお忍びで出かけたつもりらしいが、貴方のその垂れ流しの魔力でバレバレですよ、とは言えない。魔王の絶対支配下に置かれているこの魔王城ですら感知することが可能なくらい、当の本人が気づくことなくその魔力は跳ね上がっているのだから。どうやら順調に進んでいるらしい。


「陛下もご存じですよ。と、そんなことよりも”ぴょん吉”殿を何とかして下さいませんか?部下達が怖がって執務室に入りたがらないんです」

「ぴょん吉はただのぬいぐるみですよ。そんな恐い存在じゃありませんって」


 からからと笑うアリサ。ああ、頭が痛いとジェイルはくらくらした。あの存在がどれだけ魔王に影響を与えているのか知らぬは本人ばかりなり。


「ただいま、ルード。……ぴょん吉もただいま」


 ソファーに鎮座するぴょん吉をひょいと抱き上げたアリサはその可愛らしい口に向かってキスを、


「アリサ」

「ん?なぁに、ルード」


 する寸前で、ルーデリクスがアリサを手招きした。当面の危機を脱した、とジェイルが額の汗を拭っていたのだがしかし、アリサが小脇にそれを抱えている限り、予断は許されない。


 当然のようについてくるそれを出来る限り視界に入れないようにしながら、ルーデリクスはアリサを膝に乗せた。もれなく奴がアリサの膝に乗ってくるのを我慢しつつ、ペンを動かしていく。


「あー、暇だなぁ。ね、ぴょん吉」(撫で撫で)


 カリカリカリカリ


「本当にぴょん吉は可愛い」(ぎゅー)


 カリカリカリカリカリカリ……


「大好きだよ。ちゅー……フガガ(ルード)?」


 ぴょん吉とアリサの唇の間にさっと妨害が入り込む。我慢の限界だった。そう、我慢の限界なのだ。そもそもなぜ、我慢をする必要があるのだろうか。


 否、だ。


 アリサは私だけ見ていればいい。


 顔をこちらに強引に向けさせると、ルーデリクスは息ごとその唇を奪った。ふ、と力が弱まったところでその腕から奴を瞬時に転移、ジェイルの腕にそれが収まる。


 肩で息をするアリサを抱き寄せ、ルーデリクスはジェイルを一瞥。二人ともそのまま姿を消してしまう。


「後で怒られても知りませんからね」


 ぴょん吉の円らな瞳が、ジェイルを映した。




この不毛な争いは、ぴょん吉のお嫁さんであるぴょん子がルーデリクスの手元に届くまで続くのであった。

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