警戒+アレ=?
これ程心細く思ったことはあっただろうか。予想以上に動揺している自分が情けなくて、枕に顔を押しつけた。首元に押し当たるひんやりとした赤い石の感触に辛うじて踏み止まっていられるが、みっともなく泣き喚きたい。
「私はルードのリコル。ルードのモノだから」
アレは嫌だ。ジル様と同じ顔をしたアレは違う。そう思いたいのに忘れられない。心を掻き乱されて自身が保てなくなる。悔しかった。魅入られる自分が嫌。助けてよ、ルード……。
控えめに戸が叩かれ、誰かが入ってきた。
「あら。目を覚まされたんですか?」
放って置いて欲しいのに、その人(声からして女性だろう)は室内を横切り遠慮無くカーテンを開ける。窓に映るのは曇りない蒼穹の空と色とりどりの花畑。綺麗と感嘆する景色も今のアリサには辛いだけだった。
けれども、その女性は別である。今し方泣き言を言っていた顔を上げ、逆光に照らされた女の顔を見て小さく声を上げる。
どうして?何故?
疑問が渦巻き頭が混乱する。そんなアリサを見かねたのか、女性はアリサの方へとゆっくり近づいてきた。
「お加減は如何ですか?」
「貴方はアオイ……じゃなくて棗さん?」
「まぁ!葵と私のことをご存じなんですか?」
ご存じも何も、ここへ……天界へと連れてこられる原因になった人物だ。しかも意識を失う少し前までお茶を飲んでいた。そして蘇る数々に、アリサの表情は曇る。が、ひとまずそれは脇に追いやった。
「ご存じも何も、貴方の弟さんに貴方を助けてってお願いされたの。ジル様に追い出されて行方不明になったって。……尤も貴方の顔を見る限り、そうでもない様だけど。あ、私はアリサ。よろしくね」
困ったような棗の手を強引に握り、握手をする。挨拶は人間関係を円滑にしてくれるものだから欠かせない。
「あ……仙堂棗です。お願いします、アリサさん」
「ん。それで早速教えてくれる?貴方がここに居る理由とここが何処なのか」
「ならば余から話そう。魔界の客人よ」
先程のように肌が泡立つことはなく、それでもアリサは多分に警戒を含んだ視線を扉へと向ける。いつから居たのか、ジル様そっくりのアレが扉にもたれ掛かっていた。視界の隅で棗が立ち上がり、アレに頭を垂れている。
「そう、警戒しないでくれないか。余は繊細なのだ」
「ご冗談を。それだけの力を持っているくせに」
「力と繊細は別物であろう?寧ろ正反対ではないか」
ソレが近寄ってくる。自然な動作で上げられた手がアリサの首元へと伸ばされ、小気味良い音が響き渡る。真っ青になる棗とは対照的に叩き落としたアリサは睨みつけたままだ。ソレは特に気にした様子もなく、アリサの居る寝台へと腰掛ける。琥珀色の瞳が瞼に隠された。そしてソレを基点にして解き放たれる、穏やかな力は瞬く間にアリサの心を満たし、解していく。以前サハンとシェナが教えてくれたことがある。天界では魔力を違った方法で使うのだと。魔術が攻撃や移動に特化しているのに比べ、天術では治癒や心に作用すると。特に心に作用する術は困難で、力が強いほど強制力が働くのだと。そして抗うには術者以上の力が必要なのだとも。
かなりの力を封じられているとはいえ、ほんの僅かでもアリサを上回り、且つジル様と同じ外見。そしてルードに似て非なる澄んだ透明な魔力の響き。間違いない。ソレは。
「天王……」
正解とでも言うように、ソレは微笑んだ。
「理解出来ない顔をしている。だが、お前は既に知っているはずだ。余が誰であるかを」
分かっている。目の前のソレが「ジグリースだ」……天王であることは疑いないことだ。ならば、ジル様は一体誰なのか。そもそもここは何処なのか。「天界だ」……鬱陶しい。って、こいつもか!
「随分と口の悪いお嬢さんだね、お前は」
「天王陛下は心を読むのがお上手なようで」
「だからこうして篭もっている」
「は?」
「外は煩すぎるのだよ。余は静かに暮らしたいのだ」
……ええと、つまり?心を読むのが上手だから篭もってるってこと?いやそもそも篭もるって家に?否、違う。それならば空が青い理由も外の景色も納得がいく。
天界の中に更に天界を作ってしまえばいいのだから。ソレが出来るかどうかはまた別として……。
「余は王ぞ。たわいもないことよ」
つまり、出来てしまう、と。
色々な情報が一気に入りすぎて理解が追いつかない。そもそも世界ってそんな簡単に作れるものなわけ?ルードもやろうと思えば出来るのだろうか。尤も彼の場合、その気はなさそうだが。あ~、でも歴代の王が変わる度に世界の様相も一新するってどっかに載ってたっけ。派閥とか事業が変わるのかと思っていたけれど、本当に世界規模で変わるものだとは。魔王恐るべし。序でに天王も。……なんかお腹減ってきた。そういえば葵と別れてから何も口にしてなかったっけ。魔界のパン(もどき)や卵が懐かしい。何故もどきかってそれは見れば分かる通りに色が大層グロテスクで、黴生えてるんじゃないかと当初は疑ったなぁ。結局そういうものだって、後から本物見せられたけど。主成分が魔獣なのがいけないんじゃないだろうかと最近思ったりする。ルード曰く、人界も大して変わらないらしいけどね。
等とつらつら考えていると、隣では大笑いする天王「ジグと呼べ」……ジグ様が居た。何が愉快なのか、髪を振り乱して地面で転げ回っている。その笑い加減ぷりにドン引きだよ……。
「許せ。お前が面白すぎるのが悪い」
笑いすぎたために息が上がって、上気した頬を染めた艶っぽい姿で言われても反応に困る。これだから美青年は。いや、美女でもぐっとくるけどね。ルードと最中の時とか無茶苦茶……って何言わすの!!
「いや。流石に余も同性には興味がない」
「……見ましたね?」
「見えるんだ。勝手に」
途端に顔色を悪くするジグリースに溜飲を下げる。一方的にやられるのは趣味じゃないのだ。だって私、Mじゃないし。
ぐだぐだな内容になりそうだったのでここで終了。早くルードと合流させてあげたいです。




