リコル様、お風呂に入る
短めです。
訳も判らないまま男の人に担がれて、そのまま寝台に放り投げられたのが数時間前。
そして今、度アップで美しい容姿を眺めている私です。うわ、睫毛長ーい。引っこ抜いたら怒られるかな?
すっと鼻筋は通って薄く開かれた唇からは寝息が漏れている。現在の私は彼の抱き枕状態。逃げようにも腰と背中をがっちり抑えられているために脱出は不可能なのだ。
力尽きたせいで途中寝てしまったのだが、次に私が起きても彼は全然起きる気配がないので、仕方なく観賞している。
摘んだら起きるかなとそろそろと手を伸ばそうとした時、ぱちりと目蓋が開けられる。黒い瞳同士がぶつかった。
「……」
「……」
何度か瞬きした彼は上体を起こして欠伸を漏らす。身動きできなくてがちがちだった私は寝転がったまま思いきり伸びた。ばきぼきっと鳴るのは気のせいではないだろう。いくら寝台が柔らかろうと、長時間同じ格好をしていれば身体は強張る。
そんな私の様子を見ていた彼がほんの少しだけ目元の筋肉を緩ませていた。
てっきり表情筋が固まって動かないと思っていた私はぽかんとしてしまう。すぐに元の無表情に戻った彼は私の腕を引っぱって歩いていく。歩幅が違うので私は小走りだ。
「ちょっと待って!もう少しゆっくり歩いて……」
私の言葉にぴたりと止まった彼は私の頭を撫でた。はい?ふわりとまた浮遊感が私を襲う。前と同じように担がれて、脱力したまま私は大人しく運ばれた。
「やだってば!絶対嫌!……ぎゃー!」
女らしからぬ悲鳴が反響するここは浴室。そして私は、抗う体力もなくぐったりと男に身体を預けていた。人間何事も諦めが大切なのだと、この世界にきてから悟りを開いてしまいそうだ。
元の世界に戻ったら、仏教でも学ぼうかしらん?
性格には枯れていようが、これでも花を恥じらう乙女である。人並みに羞恥心だってあるし、男の人に裸を見せるなんて以ての外。
だったのだが。抵抗虚しくドレスを剥ぎ取られ、その際ばっちり男のあれも見てしまったともさ!彼は気にした様子もなく私を膝の上に乗せて気持ちよさそうにお風呂に浸かっている。
裸の付き合い?hahaha!今時混浴なんてアタリマエデスヨ?
どうした?と言いたげに男は首を傾げている。というか、この人が口を開いたのは一度しか見ていない。話せないわけでもないのだろうが、無口な人だ。
お風呂の程良い温もりも相まって、ぼーっとしていると抱き上げられた。良い匂いのするシャンプーやら石鹸で頭と身体を洗われる。本日二度目の入浴です。それにしても、人に洗われるのは存外気持ちが良い。羞恥心を捨ててしまえば、余裕も出てきた。男の手つきも女というよりペットに接するような感じなので特に危機感を感じることもない。
あれ今更?なんて思われるでしょうが、これでも普通に貞操の危機感はあるのですよ。
タオルで丁寧に水気を取られ、服を着せられる。まるで人形にでもなったみたいだ。さっき着せられた服より、大人しめで少しほっとする。さっきのが、黒いウエディングドレスだとしたら今回のはパーティー用ドレスみたいな。因みに髪もばっちりこの男がしてくれたよ。予想以上に結構なお点前でした。
今度は普通に手を繋いで歩く。体内時計で数時間前に初めて会った男と手を繋いで歩くのが普通かどうかはこの際置いといて。どうやら彼は私の歩幅に合わせてくれるらしい。何度も角を曲がっていい加減何処か判らなくなった頃に目的地へ着いた。扉を守っていた美青年がこっちを見て頭を下げている。