対面+習性=?
「で、何だったかな?」
「もういいよ、マジで」
「拗ねても可愛いだけだよ」
「うっさい!可愛い言うな」
「……年上に物言う態度じゃないかな?」
ひやりと背筋を何かが襲う。反射的に謝罪するアオイにアリサはよろしい、と頷いた。重圧感から解放されて吐息と共に緊張を逃すアオイに、当のアリサは涼しい顔で何度目かのお代わりをカップに注いでいる。
「まぁでも、私も悪かったよね。男の子に可愛いはなかったかな。ごめんね?」
「あ、いや、うん。わかってくれればそれで」
「で、葵君だったよね?あ、私は逢坂亜里砂。アリサって呼んで」
「俺もアオイでいいよ。あん……アリサさんってさ。我が道を行くタイプだよね」
またも襲いかかる冷気に慌てて言い直すアオイ。矛先を収めた(アリサは気づいていないが無意識のうちに魔術が発動している)アリサは苦笑する。
「まぁね。でも、ここの世界の人達のほうがもっと凄いよ」
「確かに」
葵は深く頷いた。こちらへ強引に連れて来られてから片手で数えられるほどしか会っていないが、それでも我が道を行く辺りは全員に共通している。
「……俺さ。双子の姉貴がいるんだ」
「……帰っていい?」
「待って!待ってください。これからアリサさんを呼んだ理由を話すから」
「あ、そうなんだ。じゃあ続けて」
やりづらい。けれども、話を一向に聞かないジルシールよりはましだろう。
アリサが聞けばタコ殴りされそうな事を内心呟き、アオイはこれまでの経緯を話しだした。
要約すると、アリサと同じようにアオイは召喚された。違ったのは、その場にいた双子の姉、棗も一緒に召喚されたこと。戸惑う彼を天界の者達は花嫁として遇した。棗ではなく、”男”であるアオイを。何度自分の性別が男だと主張しようが一切聞き入れられることはなく、それどころか花嫁ではない棗を王宮から追い出してしまった。探しに行こうにも自由を一切禁じられた立場ではそれも儘ならず困っているらしい。
「兎に角、アイツは棗が邪魔だからって追い出したんだ!花嫁は俺だけだとか言って」
悔しげにスカートを握りしめるアオイに、アリサは足を組み直した。
「それで私にどうして欲しいの?」
「どうして欲しいって……」
アオイの瞳が困惑に揺れる。
「貴方のお姉さんを連れ戻せばいいの?でも連れ戻したところで、また繰り返すだけじゃない?」
「それは」
「それに私は魔王のリコル。他所の国に干渉する権限もない」
残酷なようだがそれが現実だ。俯いてしまったアオイが何を考えているのか知らないが、アリサに出来ることはない。
そんなことよりもアリサの思考は別にあった。彼らの独占欲、というか執着は我が身を持って理解しているつもりだ。多少ずれているところはあるが、果たしてジルシールがアオイを悲しませるようなことをするだろうか、ということ。
自惚れかもしれないが、ルードならばしないだろう。……きっと。多分。
それは他の者達も同じで、特別と定めたモノに対しての傾倒ぶりは尋常ではないらしい。(ジェイルさん談)その習性が魔族特有なのかまでは分からないが、”王族”で括られる中にジルシールも入るのならルードと根本は同じではないのか。
少し話しただけだが、ジルシールがアオイに対して特別な感情を持っているのは確かだ。そうであれば、少なくとも花嫁の大切なものを奪ったりはしない、と思う。
「尤もジル様のことなんて全然知らないんだけどねー」
「何?」
「アオイなら知ってるんじゃないの?ジル様は、アオイの大切にしてるモノを邪険にする人?」
「そんなの知るわけ……ない」
顔を背けるアオイはどうやら思い当たる節があるようだ。アリサは行儀悪く頬杖をつき、人差し指でカップの縁を軽く叩いた。
「そもそも誰から貴方のお姉さんを追い出したって聞いたの?」
「……アイツだよ。棗がいなくなる少し前、庭で偶然あいつがロシェって奴に言ってたのを聞いたんだ」
「なんて?」
「ロシェって奴がアイツに棗のこと訊いてて、それでアイツは……いらない、て」
いらない、か。
存在を否定する言葉に、ショックを受けるのは当然だろう。この様子だと、それまでジル様のことはそれなりに思うことがあったみたいだし。自分の大切な人を否定されたら誰だって怒る。
心当たりは十分あるじゃないですか、ジル様!
重くなった空気のまま、お茶会はひとまずお開きとなった。
空の色が変わることもない、ただ白があるだけの無味乾燥な世界。だからどうという訳でもなく、ルーデリクスは窓辺から視線を外した。外と内との差がそのまま本人達の性格を表していて、天界の内情が変わりないことを教えてくれる。
「やはり天王陛下は見えませんね」
「ボクも過去に二度しかご尊顔を拝したことがありませんから……かれこれ600年くらいでしょうかねぇ。代理陛下がいらっしゃるので問題なく動いてますけど」
「魔界《うち》と違って種族間の小競り合いもあまりないですからいいですよね。はぁ」
「あはは、苦労してらっしゃるんですね」
「笑い事じゃないですよ、全く。……どうですか、陛下?リコル様は……あー、駄目ですか」
腐っても相手は天王代理。ここが相手のテリトリーである限り、いくら強大な力を有する王と言えども難しいようだ。
「待つしかないですね。リコル様を」
「……」
……それだけで済めばいいのだが。
一度きりの対面で、ジルシールがアリサを気に入ったことは明白だった。そうでなければ自分の大切なモノに近づけるようなことをするはずがない。
側近二人を横目に、ルーデリクスは人知れず息をついた。