叔母甥+花嫁花婿=?
「叔父上……否。叔母上。アリサを何処に?」
滅多に声を発することのないルーデリクスが、玲瓏な響きを空気に乗せる。その声だけで他者を酔わせるような美しい響きだった。間近で多くを聞いてしまった側近達は勿論のこと、ジルシールですらも陶酔の世界に身を浸したい衝動に駆られる。ルーデリクスが本気になればこの場を支配することなど容易いことだ。それをしないのは天王の代理であるジルシールの顔をたてているからに他ならない。
「君も強情だね。私は落ち着きたまえと言っている」
しかし、動揺を顔に表すことなくジルシールはカップを傾けた。叔母上こそ強情だと内心毒づきつつ、ルーデリクスはほんの僅かに示した力の片鱗を消し去った。圧迫感が無くなったことでウォーリーとジェイル、それにロシェは安堵を浮かべる。”王”たる種族とそれ以外との力の差は分かっていたつもりだが、それでも別次元の存在だと改めて認識させられる。彼等は”王族”なのだから。
「あの子ならば、折角だからと我の花の顔を見に席を外しているだけだよ。二人は同郷のようだからね」
「……」
「とうとう陛下も花婿を召し上げられたのですか。それはおめでとうございます。言ってくだされば祝いの品を用意したんですけどねぇ」
ルーデリクスの代わりに答えたのは、外交官でもあるウォーリーだ。花嫁(婿)召喚の儀を行うならば、真っ先に知らされるはずなのだが、それすらなかったことに諦観を憶える。天界にとっても魔界にとっても後継者問題にはいつも頭を悩まされているのだ。それ故、”王族”に関わる婚姻の情報は何よりも重要なものである。
尤もそれは周囲のみで、当の本人達は子孫を残すという本能は、他の種族に比べると格段に低い。但し、唯一と定めた相手に対してはもの凄い執着を見せることでも有名である。その典型的な例が今代魔王陛下であり、先代魔王陛下も唯一の人物と添い遂げていた。契る際にかかる母体の負担が大きいために子孫も多くは望めず、だからこそ”王族”の数は圧倒的に少ない。近年では特にそれが顕著だった。
「あれはとても恥ずかしがりでね。奥に篭もったきりなのだよ。だからこそお披露目も控えていたのだが……恥ずかしいところを見せてしまったね」
花一つ魅了出来ない未熟者だ。
自嘲気味に笑うジルシールは誰かを想うように、視線を遠くへやる。これ程恋い焦がれているのに届かない。そんな気持ちに魔王に付き従っていた側近達の胸が締め付けられる……も、ルーデリクスの指が机を軽く叩いただけで、その感情は瞬く間に霧散する。自我を立て直した二人はルーデリクスに目礼し、己の未熟さを恥じた。
「ご託はいい。そこへ案内を」
「控えたまえよ、甥っ子。ここは我が身の内。幾ら甥っ子といえども領域を荒らすことは許さないよ」
術が破られたことには気付いているだろうに、ジルシールの態度が変わることはない。ここで強引に突破するのもやぶかさではないが、そうなれば天界の半分が吹き飛ぶことは想定しなければならない。
……ここでやり合うのは得策ではない、か。
「……部屋を」
いかにも渋々という風体を醸し出しながら言うルーデリクスに、ジルシールは二つ返事で頷いた。
「暫くはゆっくりと滞在するがいい。……ロシェ」
「ったく。へーへー、準備はばっちりですよ」
「うん。では我自ら案内してやろう」
邪気のない笑顔でにこりと微笑むジルシールに、魔王一行は内心深く息をついた。
三回目の転移で漸く少年がアリサの手を解放した。普段ルードの転移に慣れているせいか、それに比べて格段に精度の低い少年の転移は気持ち悪い。流石魔王、と妙なところで感心してしまった。
「こちらです」
へたれ込むアリサを気にすることもなく、少年は眼前の扉を開けて待っていた。天界に人の話を聞く相手はいるのだろうか?あまりにもマイペースすぎる。
コンコン
「もう良い加減にしてくれ!あんたの顔なんて見たくもない」
「陛下より魔王陛下のリコル様をお連れしました」
扉の向こう側でドンガラガッシャーンと派手な音が聞こえる。呼吸を二回するほど待って、扉が小さく開かれた。そこから伸びた腕がアリサの手を掴み、ぐいと引っ張られる。去り際に、後はよろしくお願いします、と聞こえたのが印象的だった。
内装は天王の趣味をこれでもかと盛り込まれたような随分と可愛らしい部屋だった。特に花が象られた机と椅子は、部屋の主にとても良く似合う。
「全然嬉しくないコメントをありがと」
「いえいえ、どういたしまして」
こちらは随分とまともなお茶を供されて、満足のようである。そんなアリサの態度に苛々しながら部屋の主はばんと行儀悪く机を叩いた。手元にあった菓子受けとカップを死守したアリサは平然と座っている。
「褒めてるんじゃねー!」
「うん、知ってる」
「……あんた、結構いい性格してるよな」
「そう?」
これくらい普通だと思う。アリサが拉致られるようにして連れ去られた理由が目の前の人物とあっては。
「あ~まぁ、あの馬鹿の半分が俺のせいなのは認める。けどな、俺にだって事情があるんだ」
「疲れたからそろそろ帰りたいんだけど?」
「百歩譲って俺の顔が女顔だとして、だ。花嫁になんか成れるはずないだろ」
「じゃあ花婿で。はい、解決」
うじうじと鬱陶しい。男ならそれくらい努力で乗り越えろ!
今更ではあるが、アリサは何故ここまで来てしまったのか疑問でいっぱいだった。他人の恋路に関わろうなどと普段のアリサからは考えられない行動である。自身の不可解な行動に首を傾げていたアリサは、適当に相づちを打っていた。
「……ってわけだ。おい、聞いてんのか?」
「うんうん」
「そういや、名前を言うのも忘れてたな。俺は仙堂葵。あんたは?」
「うんうん」
「……頼むから聞いてくれ」
「うんうん」
結局アリサの心の中で自己完結するまで、二人の会話が成立することはなかった。
お久しぶりです。ちゃんと生存してますよ~。鈍亀更新ですけども。次の更新がいつになるかはまたも不明です……ごめんなさい、そんな目で見ないで(泣)