無邪気+無関心=?
惚気?これって惚気だよね。
煌びらしさを通り越して背後からぶわっとむせ返るような大輪の薔薇が咲いてそうだ…(実際に背後に控えている小姓?(勿論全員が美少年です)三人が左右は籠から花弁を散らし、中央は巨大な花束を持っていた)うん、凝った演出だね。
……最早何も言うまい。
そっと目線を外した私は悪くないと思う。いや、勿論話は聞いているのだがそれ以上に周りが気になってしょうがないのだ。何処の舞台ですかと問いたくなるような派手なリアクションは、いっそ劇場でも開けばいい。脚本、演出@天王。豪華でいいじゃないか。それでいくと私は差し詰めエキストラかな。
「聞いているのかね?」
「聞いてますよ。そのアオイさん、でしたか?がどれだけ愛らしいのか」
ビスクドールが言ったところで嫌味にしか聞こえないのは私が卑屈だから?名前や好みなどから恐らくアオイさんも同じ日本人。とすれば……お互い辛いね。美形を見慣れていればちょっと不細工な方が可愛いとか?それとも蓼食う虫も好き好き、とか。美的感覚はまともなようなので、この二つが有力な説だ。
「ああ、アオイよ。この溢れんばかりの想いは其方に捧げておるのに、なぜつれないのだ。同郷のそなたならば、分からぬか?」
それって、完全に脈無しってことじゃん。気付こうよ、ジル様!
「中々強情な花よ。ふふっ、先日も……」
どれだけつれないのかを事細かく説明してくれるジル様。ハンカチ無しには聞いていられない数々に、同情してしまう。
「辛いですね、それは」
「ああ、だが我は諦めはせぬ。必ず我のものにしてみせるよ」
健気な姿に、アリサは励ましたいと、なぜかぼんやりとそう思った。
「頑張ってください!応援しますから」
硝子細工のように繊細な両手を取って、真っ直ぐに目を見る。曇りない金の瞳に吸い込まれそうな錯覚を受ける。
「では我に協力してくれるかね?」
それは不思議と頭の中で鮮明に響いた。甘く誘うような…。
「私の出来る範囲なら喜んで」
この時アリサは気づくべきだったのだ。自分の違和感に。
神々しい笑みを浮かべ、ジルシールは強く手を握り返した。
そうして、ジルシールがアリサにお願いをしているところで、文字通り突然空気が震えた。周囲が騒がしくなる中、優雅にカップを傾けていたジルシールは来たかね、と呟く。予想はしていたが、随分と荒々しい気配が伝わってくる。どうやらアリサを見るに、何が起こったのかも把握していないようだ。それでも落ち着いているのは、肝が据わっているのか自信があるのか、ただ暢気なだけなのか。どちらにしろ、想定通りなのだから問題はない。後は尤もらしい理由を付ければ、あちらが勝手にどうにかするだろう。出会って間もないが、確かにアリサはルーデリクスのリコルだった。これならばきっと……も気に入るに違いない。それだけ彼らにとって“花嫁”は別格だった。感情ではない。血が騒ぐのだ。手放すには惜しい。
「では頼めるかね?ルドヴィーのリコル」
「判りました。ちゃんと話を聞いてきますから待っててください」
「ああ。楽しみにしているよ」
君が私の義妹となることを。アリサの手を引く小姓を一瞥し、ジルシールは指を鳴らした。
二人がいなくなったところで、控えていた侍従が新たにカップを三つ用意する。先程とは雲泥の差の香り高い芳香が満たしていく。
「お前達は下がっていなさい」
近づいてくる強大な力を前に、少年達は脂汗を滲ませながらも辛うじて立っていた。彼らなりに天王に仕える者としての矜恃がある。だが、ジルシールの命令で苦渋に顔を歪ませながらも消えていった。入れ替わりにロシェが現れる。彼もまた顔色を真っ青に染めていたが、意識は保っていた。
「覚悟はしてたけど、マジでキツイな」
「随分と怒っているようだ。ふむ、君は一体何をしたのだね」
「俺じゃなくててめぇだろうが!」
「なぜだね。私はきちんと招待状を送ったではないか」
「……招待状の意味がわかってねえだろ」
加担しておいて何だが、招待状とは相手の招待を促すもので、その場で連れ去るのはただの誘拐だ。最早招待ですらない。
一際近くで巨大な音が響き、ある一点を中心にして、花や地面に無数の亀裂が走っていく。それは天頂まで届き、呆気なく風景が砕けていった。現れたのは何処までも無機質な白の大地。そして漆黒を纏った男。
「久しぶりだね、甥っ子。折角美しい世界を作ったのだから、壊さないでくれないか?」
「……アリサは?」
「落ち着きたまえ。再会を祝してお茶でもどうかな?君達もそんな殺気立たないでくれ。我もうっかりで君達を壊したくないからね」
朗らかに告げられたそれは、側近達を震わせるのに充分だった。しかし、侵食する前にルーデリクスの魔力が跳ね除ける。
両者に見えない火花が飛び散った。