人形+お茶=?
お待たせ致しました!!続きです。暫くこんな調子が続くと思われます。
やはりというか、室内もこれまたやたらと煌びやかであった。その最たるものが部屋の中央に鎮座する豪華な椅子であり、そこに腰をかけている人である。背後に薔薇が咲いているように見えるのは目の錯覚だろうか。見事な金の巻髪に琥珀色の瞳のその人は、フリルだらけの衣装もあいまって等身大のビスクドールのようだった。その人が全身から発している芳しい香りが、離れたアリサの鼻まで届く。
「ふむ。随分と遅かったではないかね、ロシェ」
欠伸を噛み殺しながら、形の良い赤い唇が言葉を紡ぐ。腰にくるような蠱惑的なテノールがアリサの耳に届いた。
「るせぇ!こっちは燃やされそうになるわ、貶されるわで散々だったっつーの」
「ふむ。それは是非とも見てみたかったね」
……見たかったんですか。
「てめぇのせいだろうが、おい」
「ああ、駄目だよそんな睨んだりしては。君の唯一の取り柄が台無しだ」
流麗な曲線を描く眉が中央に寄る。
「どんな顔しようが俺の勝手だ!んなことより、俺は部屋に戻るぜ。界渡りして疲れてんだよ」
ゴキゴキと首を鳴らす姿は本当に外見に似合わない。つくづく残念だ……。(重要なので何度も繰り返しますとも)
「ああ、ご苦労だったね。ついでにお茶の用意と音楽の準備を頼むよ」
「んなこと、自分でやれー!」
ばんとやや乱暴に扉が閉じられる。その背を見送っていたアリサは、捨て科白に思わず同意しそうになった。が、室内にいるもう一人の存在が、咄嗟に思いとどまらせる。
「やれやれ仕方のない子だ。そう思わないかな、ルドヴィーのリコル?」
こっち来た~!というか、今更ですけどどちら様ですか。何となく想像はつくのだが、神話の中でのゼウスとかゼウスとかゼウスとかを想像していただけに、これと……いやこの方といまいち結びつけにくい。確かにギリシャ神話の神々は女の子を追っかけ回したり、浮気を咎めたりと人間くさい姿が目立ったものだが、それでも映画に出てくる神は偉そうで髭を生やしていて何となく神々しく感じさせたものだ。
だが、これは。
「ああ、そうだ。肝心の自己紹介を忘れていたね。我は天王ジルシールだ。気軽にジルと呼んでくれ。ルドヴィーのリコル」
有り体に言ってしまえば、宝塚の主役でも張ってそうな人というのがぴったりだ。この赤い薔薇を一輪差し出すようなきざったらしい仕草とか。
……薔薇なんて一体どこから出したんだろう?
「ふふっ、それは秘密だよ。その方が謎めいて見えるだろう?」
と、長い人差し指を唇に当てて微笑むジルシール。
うへぇ。
心の中でドン引きしていたアリサは唐突に我に返る。もしかして、この人……。
「あ、あのー。てん 「ジルだよ」 …ジル様って心が読めたりとかってするんですか」
挙手してしまったのはそれだけ動揺している印だった。ここにルーデリクスがいれば、落ち着けと背中を撫でるなりしたに違いない。
「簡単なことだよ。君はとても判りやすいからね」
「え?」
問い返すとジルシールは、肩を揺すりながらそれだよそれ、とアリサの顔を指差す。不思議そうに顔を撫でるアリサにジルシールの忍び笑いが耐えきれずに表に吹き出した。
「成る程、ルドヴィーが君を気に入るのも判る気がする」
「いい加減笑うのやめてくれません?」
所変わって、今二人が居るのは花園だった。ジル様の背後で美少年音楽隊が気まぐれに音楽を鳴らしているのを視界に入れなければ幻想的な光景である。満天の星々にも劣らない眩しさを宿した花々が咲き乱れ、膨らんだかと思えば時折鱗粉のようなものを虚空へばらまいている。ジル様が言うには、この時期にしか見られない稀少な花であり、この庭園の一角はその為だけに作られたのだとか。
「ところでジル様」
「うん?何かなルドヴィーのリコル」
「服を着替える必要はあったのでしょうか」
是非ともこの服を着てくれ、いや、そんな無粋な恰好では認められない、我が流儀に反する等々と並べ立てられ着替えさせられたのがこのドレス。
そもそも平々凡々な日本人顔に似合うはずもないのだ。こういうのは金髪碧眼の少女だから似合うのであって、断じて黒眼黒髪の私に合うはずがない。そもそも民族からして違うのだから。大体、私は実年齢から考えれば……やめよう。何だか悲しくなってきた。
などと軽く現実逃避してみるものの、現実が変わるわけでもなく(なぜかサイズのぴったりだった)この青いエプロンドレスにアリサは身を包んでいた。今なら絶対に憤死出来ると断言する。
「服を替えるのに理由が必要なのかね?よく似合っているのだからそれでいいではないか」
貴方が良くても私はよくないんです。主に精神面の方で。
流石にそこまで言う勇気があるはずもなく、溜息と共にお茶で喉に押し込もうとしたのだが、立ち昇る湯気から香る刺激臭に傾けていた手を止めた。
「口に合わないかね?ルドヴィーのリコル」
「いえ……」
と言いつつも、視線を落としたアリサはカップを持つ指が震えるのを感じた。
これを飲めというのか。
カップからは絶えず煙が上がっており、よくよく見れば湯気の合間から紫色の液体が確認出来た。魔界ではルード自身が人界の食事を真似て(ルードがいうには人間界が魔界を真似たらしいが)いるせいか、お茶といっても紅茶に良く似たものが出てくるので、アリサも特に違和感を持つことなく口にしていた。だがこれは、果たして飲めるのだろうか?目の前のジル様を見る限り多分死にはしないだろうが、それにしても飲むのを憚られる代物だ。
しかし、再度促されては小心者の心得として断ることは出来ない。アリサは覚悟して一口含んだ。
何とも言い難い味だった。