空の旅+美少年=?
この世界ってほんと、何でもアリなんです。空へ空へと太陽を目指すかのように上昇していた次の瞬間には天地がひっくり返ってた。うん、あれは吃驚したね。時間まで変わったみたいだし。さっきまではあんなに晴れていたのに、今空を彩るのは無数の星々。しかも下を見れば、緑生い茂る大草原、ではなく生物は疎か、草木一本も生えていなさそうな荒れ果てた大地。なんでそんな細かく見えるかといえば夜空が明るすぎるから。星で埋め尽くされてるんじゃないかと思うくらい明るい。そして私が跨っている馬はその光を受けてきらきらと輝いている。
『馬じゃねぇよ、コラ。んな下等なヤツらと一緒にすんじゃねぇよ』
と否定する馬。
『だから』
「天馬、でしょ」
『おう、わかってんじゃねぇか』
もうおわかりだと思うが、私がいるのは魔界でもなければ、勿論元の世界でもない。そう、ここは天界。魔王ではなく天王が治める世界。
ウォーリーから渡されたのは天王からの招待状だったのだ。
『たく、天王だぞおめぇ。普通燃やすやつがいるかよ』
未だ根に持っている、この馬、もとい天馬のロシェ。どういう仕組みだか、彼は手紙へと変化していたそうで、元は私を一通り困惑させた後に登場、後、天界へと案内する役柄だったらしい。何だか腹立たしい登場の仕方だが、それは天王の指示だという。
ところが私に燃やされそうになったため、急遽変更。その中には魔王の私に対する執着も理由の一つかもしれないが。よく見れば、尻尾の先が無残に縮れている。ちょっと滑稽だ。
「だって、私は天属じゃないもん」
『バッカ、魔王と天王は逆らっちゃいけねェ代名詞だぞ、コラ。あの人達の恐ろしさを忘れんじゃねぇぞ、コラ』
そう言われても、私はルードの恐ろしさなんて知らない。寡黙すぎるあの王は何時だって私に優しかった。抱きしめる腕も、包む柔らかな魔力も決して私を拒絶することはない。それが私の知るルードの全てで、ジェイルさんやサハンなどに聞くルードはあくまで私の知らない魔王だ。それがどうしたというのか?人によって見せる一面が違うのは当然のことで、私だってルードに全てを明かしているわけではない。ルードが私に見せようとしないなら、それは見てほしくないのだ、きっと。
「私はルードを恐れないし、ルードは私に恐れさせないもん。だからそれでいいの」
だから見ないふりをする。
しかし、ロシェは私の返答が気に入らなかったようで、ブルルルルと鼻を鳴らした。そうするとやっぱり馬にそっくり。
『だから俺は……おい、見えてきたぞ』
その言葉に手元へと落としていた視線を前方に戻したが、生憎とアリサの肉眼では捉えることが出来なかった。しかし、界を渡る程の脚力を持つロシェの力強い蹴りで瞬く間にその全貌がアリサの視界に入ってくる。
まるでオアシスのようだった。荒れ果てた大地にぽつんと(といってもその大きさは広大)一箇所だけ栄えているのは何とも奇妙な光景である。家を形作る白い壁が星々の光を受けて淡く発光し、街全体が光のヴェールを纏っているようだ。幻想的で美しい。
「綺麗」
『だろ』
「なだけにその周囲が残念」
『っ!テメェ……』
そこだけが完璧すぎて、逆に気持ち悪いとでも言おうか。どうせなら他も綺麗にしておいてほしい。だからこそ、街並みの美しさが際立つのかもしれないが。
遊び心を持っているかと思えば、興味がない。それでいて、一つに執着を抱く。天王像が全く見えない。
一体どんな変人だろうか、と考えているうちにロシェが大地を踏んだ。馬の割には実に快適な旅でした。
ロシェが本性を解いて人形を取る。金の髪に褐色の肌をした尊大な美少年がアリサの隣に現れる。どうやら魔属とは違い、本性と人形の色は全然違うらしい。というか、美少年のくせにソプラノではなく低いテノールというのは詐欺だと思う。(「余計なお世話だ!」)
美しい装飾の施された白い門を通れば、そこは巨大な宮殿の入口。上空からある程度の外観は判っているつもりだが、正面から見れば圧巻だ。白一色で統一された宮殿は、素人目にも判るほど細やかな装飾がかしこで見受けられ、シンプルなはずなのに豪華な印象を与えている。一歩間違えば派手にも見えるのだが、彫りの強弱を付けることで品の良さが保たれていた。黒一色で統一されているアリサが一点の染みのようで、申し訳なく思えてくる。廊下で時々飾られているへんてこな像は……見なかったことにしよう。
「ここだ」
誰ともすれ違う事なく辿り着いた扉には、(ここへ来て初めて見かけた)白以外の色が使われていた。金銀白金。派手派手し……いや、豪華な扉は一目で特別なことがわかる。
胸元を大きくはだけさせて褐色の肌を晒しているロシェが、乱暴に扉を叩くと返事も待たずに扉を蹴った。
「えぇー」
「んだよ、とっとと入れ」
ああ、美少年のくせに。折角の綺麗な顔がメンチを切っているのが悲しい。魔属ならばその特性上、自身の魅力を最大限見せつけるための技術を心得ているだけに実に残念だ。諦めたように溜息をつくと、アリサは扉をくぐった。