実際に比べてみよう
タイトル通りの内容です。長いので分けました。
実に良い天気だ。そんでもって、王城の一室一室がバカでかい理由を思い知った。目の前の光景を見れば誰だって納得するはずだ。
「ジェイルさんもおっきいのは意外だった」
『良ければ触ってみますか?あんな下位種族など比べものにならない触り心地を保証しますよ』
こいつもか。
あんな、と巨大な銀狼もどきが睨みつけるのは、演習場の入り口付近で落ち着かなげにこちらの様子を窺っているケルベロス達のこと。彼等は獣族の中位種族で、ジェイルさんが管理する側になる。魔属のこの辺りのプライドがよく判らない。
恐る恐る撫でてみれば、成る程。うっとりする極上の手触りだ。試しに顔を埋めてみたらルードから引き離された。なんで?
『大人げないですよ、陛下。……うわ、冗談ですって』
ルードが突然火柱を上げ、それを巨大狼ことジェイルさんが間一髪で避けていく。
……あの毛皮を燃やすのは勿体ないよ、ルード。……まぁ、いっか。きっとルードもストレスが堪ってるんだね。
それを聞けば即座に否定が返ってくるのだろうが、アリサが口にすることはなかった。気を取り直して(放置ともいう)演習場に横たわる二体の竜へと近づいていく。五本の立派な角が生えているのがサハンで、サハンに比べてやや小さいのがザイステールだろう。流石兄弟、鱗の色や目の色がよく似ている。
「こうやって見ると二人とも大きいんだね」
『乗ってみるか?』
「心惹かれるお誘いだけど、今日はやめとく」
『そうですよ、兄上。そんなことをしたら、陛下に叱られます』
「ルードは別に怒らないと……思うよ、きっと。多分」
語尾が段々と小さくなっていく。ルードのここ最近の過保護ぶりを見れば、あながち嘘ではないと言い切れなかった。叱られる程度ならばまだいいが、最悪首を落とされることになりかねない。
「シェナさんはあんまり変わらないんだね」
「私とサハンでは食べるものが違いますからこればかりはね」
そう言いながら苦笑するシェナさんは、あの甘ったるい香りと細長い尻尾を除けば、なんら変化はなかった。彼等が糧とするのが主に人間の精気だからだろう。
『そろそろ戻っても良いか?正直かなりきつい』
『僕もです』
「あ、そっか。いいよ。ごめんね、二人とも」
その言葉に再び人型に戻った竜族二人組は、降りかかっていた重圧から解放されて大きく深呼吸した。面積が広がればそれだけルードの魔力を浴びる面積が大きくなり負荷がかかるのだ。一時的にルードには抑え込んで貰っているがそれでもきついらしい。尤もその原因はルードだけでなくアリサにもあるのだが、本人は気づいていなかった。
「情けないですね」
「うるせ。こっちは淫族と違って大きいんだよ。そういうお前だって来たばっかの時はあてられてたくせに」
「負け惜しみですか。見苦しい」
「このやろ。だったら勝負でもするか?」
「あ、兄上。シェナ殿も」
「あれは止めるだけ無駄。放っておきましょう」
こちらはこちらで魔術の攻防が始まった。随分と遠くで行われているそれに比べればこちらは可愛いものだ。被害が及ばないよう、端に移動する。
「風よ、切り裂け!」
「はん、そんなもん効くか。鉄壁!」
魔術とはイメージなので、言葉そのものはイメージを補助するものでしかない。つまり、無音でも出来るはずなのだが。
「一応配慮してくれてるのかな」
怪訝そうなザイに何でもないと首を横に振って、アリサは暫し観賞していたのだが、急に力を引きずられるような感覚に囚われた。くらりと視界が揺れる。眩暈?
気づけばザイに庇われるようにして、地面に尻餅をついていた。その背の向こうには、幽鬼のような青白い顔にちょこんと片眼鏡をかけた男が、恍惚を浮かべて立っている。
「ああ、実に美味い。まろやかで口当たりも良い。ふむ、何と極上な餌なのでしょうか」
「それ以上近づかないでください!攻撃しますよ」
「ふむ。小竜が生意気ですね。お前も喰らってやりましょうか?」
「この魔族風情が!」
ザイの唾棄するような言い方にアリサは目を瞬いた。あのザイが珍しい。
「魔属……?」
「正しくは魔族、ですよリコル様。先程の図鑑第六章四二節に載っていた」
ちらりと見ただけでよく憶えてますね、シェナさん。というか喧嘩は終わったのかな?
「アリサ」
気づけばルードの腕の中に囚われていた。すっかり慣れてしまった濃密な魔力の気配に、アリサはほっとする。
「ご機嫌麗しゅう、ボクの陛下」
「お帰りなさい、ウォーリー。タイミング悪すぎです」
「ジェイル様も相変わらずですね。それで?そちらの陛下に劣らぬ美味しいお嬢さんはどなたですか?」
「美味しいって、それは陛下の前で言っちゃまずいって。……あーあ」
ジェイルが言い終わる前に、ルードの手の平から真っ黒な珠がウォーリーへと飛んでいった。籠められた魔力の量から上位魔属すらも消滅させん勢いだが、それはウォーリーへと当たる直前に消えてしまう。
「うぇっぷ。うーん、なかなか素敵な悪意ですね。お粗末様です」
ご馳走様でしたとでもいうようにぺこりとウォーリーが頭を下げる。