リコル様、リコルになる
水死は苦しいからやだなぁなんて暢気に考えていたら、視界を埋めていた闇は唐突に消え去った。
そして目に入り込んできたのはこれでもかという位美形な人達。金銀銅なんて当たり前。中には鮮やかな緑やピンクなんて頭もある。彼等は一様におおと溜息を漏らし、私を拝んでいた。手には孫の手を持ったまま。あ、もしかして注目しているのはこっちか?なんて軽く現実逃避。
怪しげな宗教集団?
ドン引きしていると再び歓声が上がる。そちらを見れば明らかに外人だろう、金髪碧眼のギャルっぽい人と地味そうな栗毛色のお下げに厚底眼鏡の女の子が呆然と座っていた。
「ワオ!ナニコレ?ビックリショー?」
ギャルっぽい女の人が甲高い声を上げ、女の子は啜り泣いていた。そんな彼女達と私をコスプレ集団が囲む。
呆然としたまま、連れて行かれたのは風呂場で、三人まとめて放り込まれた。これまたナイスバディなお姉様方に身体を擦られ、マッサージされる。
お姉様方は私が訊ねてもあとでご説明しますの一点張りだった。あまりのVIP待遇に私と女の子は為すがままにされており、ギャルっぽい人は楽しんでいた。
そして今私達は黒いドレスに身を包まれソファに座らされている。
「オウチニカエリタイヨゥ」
女の子が私に縋りついて泣く。服の袖で涙と鼻水を拭いてやりながら、どうなることやらと私は思案していた。
明らかに人種の違う私達なのに、言葉が通じているのはどういうこと?いやその前にここはどこだろう。少なくとも自分の家ではないことは確かだ。
俗に言われるトリップという奴か?でもあれは女子高生くらいがなるもので間違っても二十歳の私が巻き込まれるようなものじゃないはず。唯一の相棒、孫の手は風呂場で取り上げられたので、手持ち無沙汰なのが寂しい。
テレビつけっぱなしだな、電気代どうしようなどと軽く現実逃避していると、これまた容姿の整った御方が入ってきた。
ギャルっぽい人は早速その人に豊満な身体を押しつけている。積極的だなぁ。
「ようこそお嬢様方。ここは魔王城。貴方達をお呼びしたのは貴方達に魔王様の花嫁になっていただきたいからです」
涼やかな切れ長の瞳に白銀の髪を垂らしたその人は開口一番宣った。
ホワイ?なぜ?どうして?あ、訳しちゃったよ。
ギャルっぽい人はそんなのどうでもいいからぁとちゃっかりその人を誘っているし、女の子は私に縋りついたままめそめそしている。私を除いて誰も聞いちゃいない。てんでバラバラな花嫁達にその人は苦笑していた。
「あの」
「何でしょう?」
「なんで私達なんですか?人種も全く違うみたいだし、特別綺麗なわけじゃないし……」
ほっとしているのは間違いないだろう。話を聞いている人を見つけて見るからに安堵を浮かべていた。どうも気が弱そうだ。この人の説明大丈夫だろうか。
「それは貴方達三人の魔力が強いからですよ。魔王様のお相手できるのは魔王様に見合うだけの魔力がないと死んでしまうのです」
「……そのためだけに呼ばれたと?」
「はい」
殴っても良いだろうか。一方的な召喚とやらで呼び出されて花嫁になれなどと人を馬鹿にしているとしか思えない。大体どこのおとぎ話じゃ!
「お断りします」
「え?」
よーく耳をかっぽじって聞きなさい!
「お断りよ!すぐに家に帰して」
ぽかんとその人は私を見ていた。信じられないといった顔をしている。冗談じゃない、誰が喜んで花嫁になるものか。
「ヤァヨ。アタシハベツニイイワヨノコッテモ。アンタタチダケカエレバ?」
撤回します、一人いたみたい。
ギャルっぽい人が腕を絡めたまま私を一瞥した。どうやら彼女はここが気に入ったらしい。
「……ワタシモウチニカエリタイデス。イッショニツレテイッテクダサイ」
すっかり懐いてしまった女の子は私を見上げながら言う。兎に角帰らせて貰おうと立ち上がって扉へ向かった。
もともとそんなに気が長い方ではないのだ。お待ちをと縋る声を無視して扉を開け放つと。
どこのモデルさんですか?と聞きたくなるような長身美形の男が立っていた。何も考えずに膝をついてしまいそうな巨大な圧力を感じるが、それ以上に黒い瞳に興味がそそられる。
寂しい?
っとそれどころではない。私はここから帰るのだから。
男の横を通り過ぎようとした私だが、浮遊感を感じた時には男に担がれていた。へ?と目を丸くする私に男は室内を一瞥し。
「……リコル」
ギャー!変態!人の尻を撫でるな!
男はそれ以上一言も喋らず、私に待ったをかけた人だけが、男に向かって一方的に話していた。
ですが、しかしなどと言っていたが最後には溜息をついて判りましたと辛うじて聞こえた。人一人持ち上げてるのに重くないのかな?力持ちだなとか考えていれば、くるりと視界が動き振動を感じる。
「ちょっと、待ちなさいよ!降ろして!」
暴れる私をものともせず、扉が閉じられる直前の気の毒そうな白銀の人の視線が印象的だった。