リコル様、狂愛
「おや、おめでとうございます。陛下。……ええ、楽しみですねぇ」
憤死しても良いでショウカ?例によっていつもの如く膝上抱っこされてる私ですが。そして、真面目に政務に励んでいるルードですが。ルードの執務室に人が入ってくる度、嬉しそうにおめでとうございますとか言うの、やめてほしいんですけど!?というか、なぜこんなにプライベートが筒抜けなわけ?
「え?そりゃ、魔力を見れば一発ですよ。リコル様の魔力は陛下の魔力が良い感じに混ざり込んでますし、陛下も同様ですし。それに何より、陛下の機嫌がすこぶるいいですからね」
「……ええー」
「因みに精気が一番魔力の交換率がいいんですよ。こればっかりは相性ですからね。お二人はなかなか良いようで」
魔力に差がありすぎる個体が繋がると、相手の魔力に負けてそのまま魔力に呑みこまれることもあるそうな。
というか交尾ですか、ジェイルさん。
「陛下もその気になってくださって良かったです。この調子ならお二人の子供は期待できそうだ」
「子供ってちょっと飛躍しすぎじゃ……しかも期待?」
何の?
目を点にする私に、ジェイルさんは嫌だなぁ、呆けないでくださいよ、ときた。さっぱり訳が判らん。首を傾げていると、ルードが私の毛を引っぱって視線を外へ。おっと、もうこんな時間か。今日はケルちゃんの子供たちと遊ぶ約束をしているのだ。元気な三つ子ちゃんでとっても可愛い。そのスピードは流石魔獣とあって、普通に走れば到底追いつけるものではない。つまり魔術を使うことになるわけで練習にもなる。
「じゃ、行ってくるね」
膝を降りようとした私に軽くルードが唇を触れ合わせる。人前でかなり恥ずかしい。が、気をつけてという言葉で送り出してくれたルードに一々鼓動が跳ねる。恐らく茹で蛸になっているのだろう、ジェイルさんへの挨拶もそこそこに私は足早に厩舎へ向かった。
二人の初々しい様子に頬が緩んでしまうのは仕方がないだろう。孫でも見るような気持ちでつい微笑ましくなってしまう。
「陛下の気持ちが定まってくれたようで正直俺はほっとしましたよ。……大丈夫ですよ、リコル様ならきっと強い御子を産んでくれるでしょう」
魔属が遊ぶためではなく子孫を残す交尾の場合、相手の魔力の半分を自分の魔力に置き換える必要がある。その為精気に込める魔力量は、普通に交尾する時の10倍以上、尚、遣り取りには興奮の度合いによっても変わってくるのだが、それだけの魔力を与えなければならない。特に強い子供を産んでもらうためには母体の魔力を奪うわけにはいかないので、魔力を与える分、雄は快復するまで弱ることになる。逆に母体は分けられた魔力を取り込み混ざった魔力を馴染ませる必要があり、そこで相性が悪ければ魔力同士の反発によって命を落とすことになりかねない。子孫を残す行為は雄にとっても雌にとってもある意味では命がけなのである。尤も初めから多くの魔力を分け与えるのではなく、少量で試して相性が良いか悪いかを見るのが通例だが。
ルーデリクスの場合、精気だけでも凄まじい魔力が込められているため、相性を見極めるだけでも命がけの行為である。快楽のために抱いて腹上死することが当たり前で、逆にアリサのように交わるだけでなく、それなりに多くの魔力を与えられながらもぴんぴんしているのはかなり稀少である。ルーデリクスも若かりし頃は一夜限りの(女にとっては最後の)関係をしたものだが、最後には死体を抱くことに虚しさを感じ、それ以降女っ気は全くない。アリサが異世界からやってくるまでは。
ルーデリクスは失うことを畏れていた。交わることで、朝起きれば冷たくなっているのかもしれないと。強き者が子孫を残すのは当然のことで、族長達は日々その義務を怠ることはない。
「うわ~、照れてるんですか陛下。リコル様だったら可愛いけど陛下だとちょっと気持ち悪……いや、不気味ですよ。……っとと、怒らないでくださいって」
殺気の込められた一睨みに、ジェイルは慌てて謝った。要求するようにルーデリクスがコンと指で机を叩く。ジェイルは手にしていた書類を差し出した。読み進める内にルードの機嫌が急降下していくのが手にするように判る。
「これでも十分だと思いますけどねぇ」
それは先日アリサを誘拐した首謀者、マリアの処遇についてだった。ルーデリクス自ら手を下すのも吝かではないのだが、現状ではそんな暇はない。例の天変地異の被害が予想以上に大きいのだ。ルーデリクスの怒りは正統なものであり、寧ろ目出度いこととして、領土に帰っていった族長達はルーデリクスを責めることはなかった。
「うーん。バース殿は全く関与してないですし、マリア自身が強い雌であることも……だから怒らないでくださいってば!リコル様を呼びますよ」
執務室を充満する刺々しい魔力が一気に霧散した。リコル様効果様々だとジェイルは深く溜息をつく。その間に何事か紙に書き付けたルーデリクスはそれをジェイルに渡した。
「確かに妥当ですが……本当によろしいのですか?」
怒り具合からすると不本意そうだが、それでも種の存続を優先するらしい。妙なところで真面目というか、だからジェイルは自らルーデリクスに仕えている。冷酷で慈悲深いこの魔王に。
「判りました。ではこのように手配します」
ルーデリクスは頷くと、庭を駆け回っているであろう愛しい人の元に向かった。
初秋の香りを含む風がカーテンを揺らしていく。アリサは領地が漸く落ち着いて帰ってきたシェナとお茶を飲んでいた。開口一番にシェナが行ったのは謝罪だった。
結局あの事件が起こって以来、ルードの過保護っぷりは跳ね上がり、ザイが傍にいなければ歩くこともままならないのが現状である。今回はアリサも反省してそれを大人しく受け入れていたのだが、べたべたべたべたと四六時中、大の男が引っ付いているのには辟易していた。とうとうきれて、ザイを連れて行くのを条件に出歩くことを許されたのが四日前のこと。壊れた首輪は復活し、以前よりも強力に、そしてアリサでも封印がある程度までは解けるようになっている。これは最低限自分で身が守れるようにするためだ。
尤もあのルードの本気を目の当たりにした魔属達が何かをするようには思えないが。
それから領地の被害やマリアの処遇が語られ、その間アリサはずっと聞き役に回っていた。勿論シェナは話すのを嫌がったがアリサの懇願を受け容れ、渋々話してくれた。原因の大元はマリアであるが、アリサの軽率な行動が起こした事態をきちんと受け止める必要があると思ったのだ。
「教えてくださってありがとうございます、シェナさん」
「礼を言われるほどもありませんよ。さて、日も暮れましたし、そろそろお暇します」
衛兵を連れて去っていくシェナを見届けて、アリサはザイにルードの所まで送ってもらった。
膝の上に跨ったままアリサは腕を回して抱きついた。何時になく積極的な様子にルードの困惑が伝わってくる。その場にいた文官はルードから無言で退出を命令されて出て行った。邪魔したなと思いつつも、今は離れる気になれない。
脳裏に蘇るのは、シェナの言葉。
「マリアの処遇ですが、今は四肢を切断されて自室に監禁されています。私達の罰は族長がマリアとの間に子供を作ることに決まりました。子供さえ産めばマリアは死を賜ることが許されています」
シェナがそれは陛下の温情と言った。本当に重い刑罰は、生が尽きるまで永遠に苦しみを与え続けることだと。それを聞いた私は、ただ馬鹿だなぁと思った。憐憫でも同情でもない。私は聖人君子じゃないから。ルードが来てくれなければと想像するだけで今でもぞっとするし、益してあんな酷い目に遭わせてくれたマリアの命を嘆願するほどお優しい人間ではない。魔王の所有物に手を出せばどうなるのかくらい判ったはずだ。すっかり魔界の住人思考に染まっていることに苦笑しこそすれ、嫌悪することはない自分に驚き、同時に嬉しかった。
非力な存在で、この世界では誰かの手を借りなければ扉一つ開けられない。魔界へ来たからには魔属だと。そう言われても魔術一つまともに扱えないことが不安で嫌で仕方なかった。培ってきた常識は全く通じず、ルードからはいつ見捨てられるか判らない日々。元がネガティブ思考なだけに、考え出せばどこまでも下降していく自分に嫌気が差しながらも止められなかった。
だからほんの僅かな切欠で良かったのだ。ルードとの距離感が変わるのを心の底で願っていた。その結果。
私はこの美しい魔王を手に入れた。曖昧模糊としたものではなく目に見える形で。なんて醜い感情なのだろうか。気づかなければよかったのに。結局は私もマリアと大して変わらない。この美しい魔王を手に入れる為には手段なんて選ばない。邪魔があれば排除する。そう、例え自分自身であっても。
「アリサ?」
貴方には知られたくない。こんな汚い私を。だから封印するの。何十にも鍵をかけてそっと心の奥底に。愛してるなんて、自己中心的な想いは絶対にサトラレテハナラナイカラ。
というわけで、連投終了です。長文、お疲れ様でした。