リコル様、解読する
短めです。
むう。
現在の私は、一枚の紙と睨めっこ中。どこのハングル語って感じの文字の羅列が所狭しと並んでいる。久しぶりに目にしたそれは、脳内をパンクさせるには十分だった。
「うう……。だってちゃんと勉強してたもん。嘘じゃないからね」
と誰にともなく言い訳してみる。ああ、なんて悲しいんだろう。
事の発端は、長椅子でぐーたらしてたアリサの上に現れた一枚の紙面だった。見覚えのない筆跡がこれでもかという具合に並んでいる。形が崩されている上に意味が判らない。
「えーと、これが会う……青猫の間……緑月昇る頃……めいに?」
アリサの乏しい知識ではこれを拾うだけで精一杯だ。後は習ったこともない不可思議な文字が並んでおり、恐らく崩されているのだろうと納得。元教師であるシェナや日頃目にする機会の多いルードの書類なんかの文字は綺麗に整っているので読めるのだが、流石にここまで崩されると、アリサの能力では不可能だ。喩えるなら日本人小学生が悪筆な筆記体を読むようなもの。
「ルードの文字じゃないよね」
そもそも彼がアリサに手紙を書くことはない。そんな手間をかけるなら直接呼び出し、もとい強制転移させた方が早い。では一体誰が犯人なのか。
アリサが寝ていたのは会議室近くの控え室。勿論ルードが誰も近づかないようにと結界を張っているはず。そのルードが気づかなかった?
アリサの魔力に紛れて気づかなかったのだが、それを本人が知るはずもない。
とりあえず辞書を持ってこよう。そう思い、アリサは部屋を抜け出して、自室へ駆け出した。
アリサ?
会議は紛糾しており、僅かに困惑を滲ませたルーデリクスに気づく者は居なかった。このまま呼ぶのもやぶかさではないが、先日の一件を思い出せばアリサをこの場に呼び出すのも躊躇われる。さてどうするべきか。
ルーデリクスの思案する仕草に現状議題に上っている下位魔属の食糧問題については本当に深刻問題のようだと列席者がこぞって思ったのは仕方ないだろう。
そんなルードの気も知らず、アリサは勉強部屋につくと早速本棚から辞典を取り出した。広辞苑も真っ青な分厚い辞典は運ぶだけでも一苦労である。加えて日本のような製紙技術が整っているわけではなく一枚一枚が大雑把で、なんとドラゴンの皮で作られているらしい。流石魔王城の辞書と感嘆したのは懐かしい。
この辞書実は、アリサのような異世界から召喚された花嫁用で何年経っても朽ち果てないようにという由緒正しいものなのだ。だからドラゴンの皮。普段ルード達が使っているのは人間界から取り寄せているものだとか。他にもドラゴンのパーツは様々なところに使われている。将来的にサハンも死んだら道具にされるのかと聞いたら、恐ろしいものでも見るような目をしていた。なぜ?
サハン曰く。竜族は竜族でドラゴンはドラゴンだそうで。同じじゃないの?と聞けば、もの凄い剣幕で小一時間ほど膝を詰めて丁寧に説明された。余程嫌だったらしい。
「ドラゴンは俺らと似たような姿してるけど、全く別物。ここ重要な!あんな知性のかけらもない下等生物と一緒にすんなよ。俺達、竜族のことをドラゴンって呼ぶのは蔑称だから気をつけろよ」
「はーい」
てな遣り取りがあったんです。つまりドラゴンって奴は下位魔属で、使役される側らしい。上位魔属から見たら家畜と一緒。豚野郎と言われたらそれはまぁ、怒るのは当然だ。ちゃんと謝ったら許してくれた。そこから派生して、多種族のNGワードなんかを教わったりして、その日の訓練は結局潰れてしまったこともありました。
巻末の文字表と見比べてみたけれど、どう考えても先程アリサが口にした以上の内容は読み取れない。ふとカーテンを揺らす窓を見てみれば、蒼い月が沈むところだった。次は緑の月が昇る。つまり紙に書かれている約束の時間。
「どうしよう」
ルードからは会議が終わるまで入室禁止を言い渡されており、ルードは勿論ジェイルやサハン達は会議に出席しているので相談出来ない。このまま放置することも可能なのだが、退屈していたアリサは少しばかり興味を憶えた。虎の威を借る何とやらではないが、アリサに危害を加えるような輩はいないだろうと楽観的に考えていたのだ。アリサは辞書の間に手紙を挟むと衛兵達に場所を聞きながら向かった。