リコル様、奪われる!?
やっぱり怒ってるよねー。
目蓋を開けば一番に映ったルーデリクスに、即座に顔を背けたくなったアリサだが、顎を捕らえられているために適わない。視線だけで人を射殺せそうな雰囲気だ。かといって逸らす事も出来ず、深い闇を宿した瞳をじっと見つめる。
どれだけ見つめ合ったのか、先に逸らしたのはルーデリクスだった。あからさまに溜め息をつくとアリサを顔を自分の胸に押しつける。さすがに悪かったかなと思ったので最初は甘んじていたのだが、力が強くなるにつれ息苦しくなってくる。
「りゅ、りゅーろ、くるひい!」
降参とばかりにばしばしルーデリクスの背中を叩くのだが、一向に力は弱まらない。ちょ、窒息するってば!
本格的な生命の危険に暴れるアリサを、ようやくルーデリクスが放してくれた。
―――どうした?
やや不満そうなルーデリクスから脱出しながら、アリサは肩で呼吸する。すーはーすーはー。あ~生き返るぅ~。
「あのね、息が出来なくて危うくあの世に行くとこだったの。ハグするのは構わないけど、ルードの馬鹿力は考えてからやって」
あのべらぼうに重たい扉をいとも簡単に開ける豪腕の持ち主なのだから。
―――そういうものか?
そういうものです。
恐る恐るといった感じで、今度は優しく引き寄せるルーデリクス。穏やかな抱擁は、アリサの心を落ち着けてくれる。目覚めたあとの生命危機ですっかり忘れていたが、ぼんやりと意識を失う前を思い出し、身体が震えてくる。
もしあの時ルードが助けてくれなければ、周囲を巻き込んで死ぬところだった。今はルードが傍で抑えててくれるけれど、制御できない自分の力が怖い。今更ながらに身体が震えてくる。
「大丈夫」
珍しくルーデリクスが声を発した。恐怖に怯えるアリサにルーデリクスがそっと唇を合わせる。感情の高まりで再び内側で暴れかけていた魔力が、ルーデリクスから吹き込まれた魔力によって抑えられるのが判った。最後に下唇を啄んで綺麗な顔が離れていく。
…………。あれ?いまキスしなかった?
軽く触れ合わせるだけのもの。あまりに自然すぎて、なんのリアクションもしなかった(出来なかった)けど、もしかしてファーストキスを奪われた!?
えーと、因みにこの場合は。
1.乙女の唇を奪った粗忽者に鉄拳制裁
2.何事もなかったようにスルー
3.逃亡
さあ、君ならどうする?
ちっちっちっちっ。ちーん。
1後3を選択したアリサ。早速行動に移るであります隊長!
ひとまず手を振り上げて。…………やめた。不意打ちではあったけど、全部アリサのためだったし、裸の付き合いをしておいて今更キスで騒ぎ立てるのも面倒くさい(ここ重要!)。何より、本気でルードが心配して、そして安心するように慰めてくれてるのが判ったから。自分だけ意識しているのもアホらしい。
奇怪なアリサの行動に不思議そうにしていたルーデリクスだったが、何やら考え出したアリサをベッドに引きこむ。腕の中に抱き寄せれば抵抗無く、すっぽりと収まる。甘いアリサの香りを吸い込んで、ほっと安堵の息を吐いた。アリサはちゃんとここにいる。
あの後、暫くして快復した衛兵達から女達の証言を聞き、ルーデリクスは純粋な怒りを憶えた。自らもそのような感情があったのかと驚いたくらいだ。証拠がないだけに処罰する事も出来ず、ひとまず各族長達に預けてある。問題はアリサだ。ルーデリクスの魔力を入れたせいか、今は落ち着いているようだが、制御装置がなければ不安定なアリサを一人置いていくことは難しい。出会った当初に比べ、魔力を意識するようになったせいか格段に魔力量が跳ね上がっている。その意味でも不用意に一人にするのは危険だった。会議に出席する事を嫌がっているようだが、この際仕方がない。
「アリサ」
「ん?何」
「(会議中)傍にいろ」
ぼんっと顔が赤くなるアリサ。いきなりプロポーズ?とか面と向かって言われると恥ずかしい等々呟いていたアリサを放って、ルーデリクスは眠った。
くっくっと笑うジェイルさんにぷくっとアリサは頬を膨らませた。
「だって普通その流れでいったら、プロポーズだと思うじゃないですか!ルードだからあり得ないって判ってても。詳しく聞こうとしたら本人は寝てるし」
「いやぁ。仲がよろしくて大変結構ですよ。陛下の焦る様子も見る事が出来ましたし、近いうちに目出度いことも起きそうだ」
「だからなんでそうなるの~」
「愛されてる証拠じゃないですか。魔力の遣り取りをするのは、非常に危険な事ですしそれが口移しともなれば、ねぇ」
力が全ての魔界では、力、つまり魔力を遣り取りするのは本当に信頼の出来る相手にしかやらないらしい。それは相手の魔力に干渉するのと同じで、下手すれば相手に魔力を奪われる可能性だってあるのだから。
「……なんですか?」
意味深なジェイルの言葉に思わず身構える。訊かなきゃ良かった。後悔後に立たずっていうのはこういうことか。
口移しは独占の証。相手を喰らうことで一つになる――――つまり身も心も一つになりたいっていう強い独占欲の現れなんだよ。