雨とバス
「バスの運賃って高いよね。輸送距離は鉄道と比較にならないのに」
学校帰りのバスの中。隣の座席でそう呟いた女子は僕の同級生で、工業高校では数少ない女子だ。彼女とは小学校から一緒で、帰る方向は大体同じだ。いつもは自転車通学なので、バスを使うのは雨の日くらいだ。
「距離は違くても、単位運賃あたりの移動にかかる時間はそんなに変わらないんじゃないか」
「じゃあバスのいいところないじゃん」
「役割が違うんだろ。鉄道は長距離輸送、路線バスは地域内の狭い範囲を移動するのに適してる」
僕が持論を偉そうに展開して、彼女は静かになった。
窓の外ではバケツをひっくり返したような大雨が地面を叩いている。土地柄、この時期は夕立が降りやすくて困ってしまう。
「そういえばどこで降りるんだっけ?」
「小糸坂」
「あ、じゃあ私と一緒だ」
小糸坂は最寄りの停留所ではない。まっすぐ帰ろうと思ったら、そもそもバスの経路が違うのだ。
彼女に伝えている「寄りたいところがあるから」という理由は方便で、本当はこの女子と一緒にいる時間を少しでも長くしたいからだった。彼女とは恋人ではないし、付き合う手前の甘酸っぱい関係というわけでもない。好き、とか、(恋愛の意味で)気になっている、とかではない(と、自分では思っている)のだが、それでも女子のことを意識してしまうのは思春期男子の性だろうか。
そんなことを考えながらバスに揺られていく。しばらくして交差点を左に曲がり、片道一車線の県道に出た。この細い県道は水はけが悪く、雨が降るといつも冠水する。周辺地域の人は慣れているのか、深さ10センチメートル程度の冠水では気にした様子はなく、平気で車を走らせている。対向車に水しぶきをかけたりかけられたりしながら、バスは僕らを運んでいく。
先ほどから僕らの間には沈黙が流れている。これといった話題も思いつかないので仕方ない。しかし、無言による気まずさはそれほど感じなかった。
ふと、雨の様子が気になって窓の方を見た。ガラスには窓際に座る彼女の顔が映っている。一瞬、反射越しに目が合った気がして、目を逸らした。視線を気取られないように気にしながらもう一度窓側を見やると、彼女はスマートフォンをいじりはじめたところだった。雨脚はだいぶ弱まっているようで、窓に当たる雨粒の音も小さくなっている。
少し上りの勾配になり、水はけの悪い地帯を抜けた。いくつかの停留所のために路地を曲がって迂回し、再び県道に戻ってくる。いつもは鬱陶しく感じる遠回りも、隣に女子がいるだけで悪くないと思っている自分がいる。会話がないため、車体が揺れるときにぶつかる肘同士で伝わる温もりくらいしかないわけだけれども。
小糸坂の停留所が近づいてきた頃、傘も要らなさそうなくらいに雨が弱くなってきていた。そろそろ「次とまります」を押して、降車の用意をする。停留所でバスが停車し、まずは僕がICカードをかざして降車する。後ろで同じようにICカードをかざして彼女が降りてくるはずだが、時間がかかっている。しばらく外で待っていると、曇った表情の彼女がようやく降りてきて、バスが発車する。
「どうかしたの?」
「乗車時にかざし忘れてたみたい」
「お疲れのようだね」
「うん……そうかも」
家の近くまで送るよ、と別れるのを先延ばしにするための名目を得て、彼女と一緒に歩き出す。雨はすっかり上がっていた。空気が澄んでいる。ガードレールのない道路の端を、水たまりをよけながら、それでいて時折通る車に気をつけながら進む。もし雨が降り続けていたら、相合傘でもしていただろうか。しないか。傘は二本あるんだから。
雲の切れ間から覗いた夕陽が、彼女の横顔を紅く照らしていた。
この物語はフィクションです。本作品に登場する人物・組織・地名などは、実際のものとは関係がないことにご留意ください。




