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第06話 焦燥

緒凛の帰宅後、最初に確認するのは真織の一日の過ごし方だ。


ピッタリと監視をつけているわけではない、けれど気づかれないように配慮をしているだけのこと。


彼女を引き受ける(・・・・・)と決めたのは緒凛自身だが、家の中も絶対の安全とは言い切れない。特に緒凛は黒澤財閥の中でもかなりの中央部に食い込んだ仕事をしている。外にも敵はいるが中にも敵はいる。

それがどんな身近な人間であっても、知らぬ存在であっても。


「木嶋と接触?」


報告を受けた緒凛は、ネクタイを緩める手を止めて、思わず舌打ちしそうになった。


周回的にそろそろ来るとは思っていたが、真正面から真織と接触するとは思っていなかった。真織自身もそんなつもりはないだろう。話した詳細は分からないが、同じ離れに数分程度滞在したらしいと報告者は言う。


成美が出てきた数分後に、真織が離れから出てきたという報告だけで、内容までは把握しきれない。


あくまで観察対象である真織から離れての監視だ。そこまで厳密に指示しているわけではないから、報告者が悪いわけではない。


が。――気に入らない。


緒凛は自室に戻ってから、何度目か分からない溜息を吐いた。


あの男。そして、報告者が教えてくれた真織の表情。


今日は生憎と帰りが深夜になった為、真織と顔を合わせていない。明日も早朝からの仕事が控えているため、会う事はできないだろう。

何も出来ないもどかしさが歯がゆい。


全部が、引っかかっている。


「……木嶋、か」


名前を口にするだけで、舌打ちしたくなる。


あの男の空気は、黒澤家の中でも異質だ。


当主に媚びるわけでもなく、権力を欲しがる素振りもない。なのに、核心だけを正確に突いてくる。自分よりも遥かに中央寄り(・・・・)だとは理解しているが、同族経営の中で、どうして苗字の違うあの男がウロウロしているのか。


一度調べようとしたことはある。


しかし返ってきたのは本家からの「詮索をするな」の通達。情報収集に長ける部下を持っていても、本家からの圧力には逆らえない。


アレは一番、信用ならないタイプだ。


緒凛はデスクに肘をつき、指で眉間を押さえた。


真織は、まだ何も知らない。だからこそ、ああいう人間に近づいてほしくなかった。


利用される。傷つけられる。


――奪われる。


「……何を考えてる。“誰”だ……誰の指示で動いている?」


自分に言い聞かせるように呟く。


あの男は感情で“動く”。


感情で動かぬよう育てられてきた中にいる、アレは異質。


真織は“所有物”だ。そういう契約で、ここにいる。――—はずだった。


あの場面を思い出す。


夢兎に何かを唆され、秘書だった男に詰め寄られた時。驚きと、困惑と、それでも折れない目。


懐かしき面影と重なって、それを唐突に失った時の焦燥は未だに忘れられない。


あの出来事がきっかけで、緒凛は感情を優先しなくなった。感情が不要だと改めて痛感させられた出来事だったはずだ。


それなのに、咄嗟に身体が動いた。理由を考えるより先に、口が出ていた。


「俺のモノ(・・)だ」


言い切った自分の声は、やけに迷いがなかった。それが、今になって気に障る。


「違う……そうじゃない……」


感情が先走る。理性を保てなくなる存在など、近くに置かない方がいい。わかっているのに、手放せない。


これは“担保”という名の“保護”だ。


久々に再会した直弥に、唐突に頼まれた事を実行しているだけなのに、酷く心がざわめく。いい年した大人が高校生に翻弄されるなんてあってはならない。感情を制御できないことなど。


「違う……違う……やめろ……そうじゃないっ……」


自分に暗示をかけるように、何度だって繰り返す。繰り返す度に自分の未熟さが浮き彫りになって苛立ちが募る。


頼む。誰も真織に触れてくれるな。


たとえ彼女が何者であっても――。



 ◇◆◇



緒凛と真織が顔を合わせることができたのはそれから二日後の事だ。

コンコン、と控えめなノックが聞こえ、くぐもった「緒凛?」と呼ぶ真織の声が聞こえる。どうやら使用人に帰宅した旨を伝えられたらしい。呼び出したのはこちらだが、先ほど帰宅したばかりなのに早々に顔を出すとは律儀なものだ。


「入れ」


扉が開き、真織が顔を出す。


「何か用事って聞いたけど」


そう言いながら背中で扉を閉める真織に、緒凛はゆっくりと近づく。真織が少し驚いた様子で身を引くが、背中には閉めたばかりの扉があるため、それに背を預ける事しかできず。


「木嶋と会ったそうだな」

「あの、あの人、知って――」

「近づくな」


少し、強い口調になった。間近に迫った緒凛を見上げ、真織が瞬きをする。これほど強い命令口調を使ったのは久々かもしれない。けれど、真織は臆することなく、まっすぐ緒凛を見上げる。


「……理由、聞いてもいいですか」


緒凛は一瞬、言葉に詰まる。真織のまっすぐな視線に、一瞬のみ込まれそうになる。


理由はいくらでもある。危険だ。信用できない。裏がある。緒凛より中枢にいるアレが接触してくることは異常だ。しかし本家からの通達でアレの出入りを自由にすることが求められる。同族経営だからこそ、ぬるま湯につかろうとする連中がいる。


それを浮き彫りにさせるための“狗”だ。


飼われているが、飼い慣らされていない。間違えば本家も喉元に噛みつかれる。しかし、能力が高く優秀でもある。それは恐ろしいほどに。奇妙なほどに。素性が一切知れないからこそ、親族たちは戦々恐々とする。


だが、どれも本当の理由じゃない。


「……アレは、君を“道具”として見ている」


ようやく、それらしい言葉を選んだ。それが、アレの本意か違うところに潜む誰かの意図かはわからないが。


「そう、かな……?」


真織は首を傾げる。緒凛の前で見せた緊張は離散し、ほんのりと微笑む。


「あの人、正直だったよ」


社会の荒波を、金の亡者が巣くう世界を知らない純粋無垢な回答。たった一度会っただけで、その存在を真織の中心に据えた求心力。


やめろと叫びたかった。アレを、そんな風に語るなと。それでも大人の余裕を、感情を押し込めながら、忠告を続ける。


「正直な人間が安全だとは限らない」

「……それは、緒凛も同じじゃない」


思わぬ反撃に、緒凛は目を見開いた。


「俺が?」

「はい」


真織は少し困ったように笑う。


「強引で、偉そうで、たまに酷いし」

「……悪かったな」

「でも、嘘はつかない」


その言葉が、胸に刺さった。詰め寄って、無理にでも、強引にでも引きはがそうとした緒凛に対し。

どこまでもまっすぐに真織は見つめる。


「だから私は、ここにいます」


――それは、信頼だった。


不自由にさせている自覚はある。ずっとそばにいられるわけではない。人の上に立つというのは生半可な情を持ってはすぐに駄目になる。だけど真織は、緒凛の言葉の節々に“信頼”を見つけ、救い上げ、大切に胸に刻む。

真意を探るわけでもなく、疑心暗鬼になるわけでもなく、ただ純粋に自分が“正しい”と思った事を信じる。


これは、大人であってもなかなか出来ないことだ。


あまりにもまっすぐな真織の言葉に、緒凛は視線を逸らす。


「……忠告はしておく。あいつには深入りするな」

「分かりました」


素直な返事。けれど、どこかホッとしたようにも聞こえる。


真織が去ったあと、緒凛は再び独りになる。

胸のざわつきは消えない。


「……奪われる、か」


自嘲気味に笑う。


所有物だと思っていたはずの存在を、いつの間にか“失うこと”を恐れている。


それに気づいてしまった自分が、何より厄介だった。



 ◇◆◇



一方――それは成美に与えられた邸宅と言う名の“檻”の中。成美はソファに腹ばいで寝転びながら鼻歌をうたう。

待ち続けていた自体が動き出した故の上機嫌。スマホを操作しながら口の中で棒付きキャンディを転がす。流れ入る報告がサングラスに反射する。気にする事なく読み進めながら、無精ひげを撫で、ふっと笑いながら体をあお向ける。天井を見上げて思い出し笑いを大きくしていった。


「オウジサマはご立腹だろうな」


緒凛の元にいる監視兼報告者は元々、成美の下に就くものだ。そして、今もそれは変わらない。貸し出しているだけで情報を抜き取るのは造作もない。情報戦において成美の力はトップクラスだ。それを誰にどのように利用させるかは成美自身が決めるわけではないが。一旦、ここに集約される事は間違いない。


成美は目を閉じる。真織の困惑と小さく芽吹いた自覚。そして誰に揺さぶられようとも揺るぎない瞳。


「君が立てば、俺は自由になる」


それは本音だ。けれど同時に。


「……君が壊れるのは、趣味じゃない」


小さく呟いて。


「そうでしょ? 真理(まり)さん」


成美はまどろみ、自分の行く末が幸多かれと願いながら眠りに落ちた。


盤面は、静かに整い始めている。

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