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第13話 臨界

街に出れば、視線が集まる。


手を繋いでいるわけでもない。隣に並んで歩いているだけなのに、二人の雰囲気が絵になるのか。


「芸能人?」

「あのカップルかわいー」


他にもカップルはいるのに、やけに目立つ。

緒凛は慣れている。自分が人より容姿が優れている事を理解しているからだ。が、真織は自覚がないようで「なんか見られている?」とソワソワする。貧乏生活で清潔感しか気にしてこなかったから、おしゃれに無頓着で。今、自分が目立っていることに気が付いてないらしい。


緒凛は半歩、前に出る。守る位置だが真織を置いて行かない。

他愛もない会話を、けれどポンポンと弾む会話は楽しくて、緒凛も年甲斐もなく浮かれているのに気付いている。今日くらいは、といつもの自分に言い聞かせて。


「ここ、入ってみたかったの」


ファストフード店の前で、真織が少し恥ずかしそうに笑う。


「バイトをしたことはあるけれど、お客さんとして入ったことないんだ」


直弥が貧乏生活を送らせていたのは知っていたが、ファストフード未経験とは……さすがにやりすぎでは? と真織に同情する。


店内へ入ると、席は少し埋まっている程度で急ぐほどではない。


注文カウンタの前まで進んだものの、緒凛は固まった。どうやら注文の仕方がわからないらしい。

それに気が付いた真織が小声で教える。


「ここで番号言うの」

「……なるほど」

「私が緒凛に教えることあるなんてねぇ」


少し得意げな真織に、緒凛はちょっとだけ悔しそうに、でも嬉しそうに鼻で笑う。

注文を済ませたところで、真織がハタと気がつく。


「あ、お金……」


慌てだす真織に対し、そういえば軟禁状態だったから、小遣いは渡していなかったなと思い返す。渡した端末で好きに通販を利用していいと言っていたが、使った形跡がなかった。


「出すつもりでいたのか」


緒凛は当然出させるつもりはない。ただ、自分で支払おうとする真織の誠実さが酷く嬉しい。

慣れた手つきでカードを店員に差し出した緒凛に、真織は「ごめんなさい」としょんぼりする。それすら可愛らしいと思う。緒凛は自分の感情も含めて、思わず笑った。


「感謝の言葉がいい」

「……あ、そうだね」


思い直したようですぐに笑顔で「ありがとう」とお礼を告げる。素直さも可愛い。


商品が乗ったトレーを緒凛が持ち、二人で席に向かう。キョロキョロと空いている席を探しながら、ふいに真織が離れた。


「ちょっと待ってて」


視線で追うと、杖をついた老婦人が、トレーを震える手で持っていた。真織が迷いなく支えてトレーを持つと、老婦人は少し驚き次には嬉しそうに微笑んで。


「ありがとうね」

「いえいえ、席までお持ちします」


自然とできるその動作に、緒凛は感心した。老婦人の歩調に合わせて歩く二人の元に、青年が駆け寄っていく。


「ばあちゃんごめん。先に席取ってたら遅くなって。あの、ありがとうございました」


前半は老婦人に、後半は真織に向けて。真織は笑みを浮かべて、持っていたトレーを青年に渡す。そこで数回会話のやり取りを終えて、真織が楽しそうに戻っていた。


「みてー、コンビニでアイス買うと二十円引きー」


どうやら青年に割引券をもらったらしい。小さな幸せを喜びながら、くふくふと口元で笑う真織に、緒凛は静かに「よかったな」と告げたけれど。


食事中はずっと楽しく会話が出来ていたと思う。緒凛のささやかな心境の変化など、みじんも感じさせないよう、いつも通りを心がけていたつもりだ。しかし真織の目は誤魔化せなかったらしい。食事を終えて店を出るころには、そのささやかな変化に気が付いたようで。


「なんか……怒ってる?」


ふと、半歩先を歩く緒凛に真織が尋ねるが、緒凛は少し振り返って口を開閉し、それから前に向き直ってからため息交じりに告げた。


「……俺の問題だ」

「うん?」

「今、自分の気持ちに折り合いをつけてる。だから……もう少し待って欲しい」

「……それ、私と一緒じゃあ解決できない事?」


真織の何気ない一言に、緒凛の足が止まった。真織も合わせて止まると、緒凛が自分の目元を手で覆いながら、隠すことなく大きくため息を吐いて。


「俺以外に、あんな顔見せるな」


あんな顔、と言われて一瞬何の事だかわからず真織はほうけた。記憶をたどって、さっきの青年とのやり取りのこと? と思い返して、困惑とあきれが混ざる。


「……無理じゃない?」

「だから、俺の問題だって言ってるだろ」


拗ねた口調で緒凛が背を向け、また歩き始めようとするから。


「待って」


クイッと、服の裾を引かれて振り返った緒凛の視界に入ったのは。頬を紅潮させながらそっぽを向いた真織の姿があって。


「……もっと特別な顔……は、緒凛に、取っとくから」


時が止まったように思えた。緒凛の瞳が揺れた。


真織は手首を掴まれ、緒凛に連れられるがまま、路地裏へ引き込まれる。

視界の明かりが少し落ちる中で、街の喧騒が遠くに聞こえ、二人だけの空間が現れる。


次の瞬間、強く抱きしめられた。


誰かに見られたらどうしよう、なんて考えは遠くに飛んだ。


抱き締める腕の力が緩んだ瞬間、反射的に顔をあげる。緒凛の瞳がまっすぐに自分をとらえていて、視線が交差する。顔が近づいてくることに、心臓の反応が追い付かない。


唇が触れかけて、止まった。


緒凛の理性が最後の抵抗だろうか。真織の背中に回した手にもう一度力を入れる。真織を胸元に抱き寄せて、空を仰ぎながら大きく息を吐く。欲望を逃がすように。


心音が耳元で跳ねる。どちらのものかわからないまま、血流が全身を駆け巡る。指先まで痺れるような熱が伝わり、息が荒くなる。


「ふざけんなよ」


緒凛らしからぬ口調だった。


舌打ち混じりに聞こえたその言葉は、自分に言い聞かせているようにも聞こえて。恐る恐る緒凛の背中に両手を回し、服をギュっと掴めば、彼の体がビクリと動いたような気がした。


「……しない、の?」


その一言で。空を見上げていた緒凛が、真織の首筋に顔を埋めた。「くそっ」と緒凛が歯を食いしばるのが何となくわかる。


「だったら」


と、真織を抱きしめる腕の力を少しだけ緩めて。


「俺を見ろ」


そういわれて、ゆるゆると顔を上げた真織の顔は耳まで真っ赤で。


理性を総動員して、壊さぬように真織の赤い耳に触れ、ゆっくりと顔を近づけると、真織は目をつむった。


リップ音もしないほど、微かに触れた唇。


目を開けた真織は、ちょっとだけ物足りなそうな視線を向ける。緒凛は勘弁してくれと思う。このままでは歯止めが利かなくなる。でも今じゃない。


額をくっつけ、呼吸が交じり合う。


熱を帯びた瞳が緒凛を見上げる。蕩けだす笑みに、壊れそうな鼓動。


「その顔は、反則だ」


低い、震える声。真織、息を整えながら。


「みたい、顔だったデショ?」


それだけ。でも、笑ってる。恥ずかしさと嬉しさが入り混じり、頬が熱い。

自分が同じように蕩けるような笑みを浮かべている事なんて、緒凛は気づいていないだろう。もう一度、確かめるように抱き寄せるて。


「……覚悟しとけ」


何の覚悟かは――、今はまだ言わない。


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