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風鈴を鳴らしたのは

作者: 道上 萌叶
掲載日:2025/12/14

 ポン、コロン。


 ピゥッと風が吹いて、私の耳にくぐもった音が届いた。

 フッと音のした方へ顔を向けると、縁側の風鈴が、風に撫でられてクルクルと回転していた。


 色褪せたプラスチックの風鈴は、私が幼い頃に、父が作ったものだ。

 綺麗で可愛らしい、ガラスの風鈴に憧れていた私は、物作りに慣れない父が作った、不恰好な風鈴が気に入らなかった。

 当時のことを思い出しながら、風鈴に描かれた金魚を見つめていた私は、はたと思いついた事があり、台所に向かう。


  ❄︎


「お父さん! 私、風鈴が欲しい!」


 あれは、今から40年程前、私が小学生の頃だった。

 友達の家で見たガラスの風鈴が、キラキラしていて、綺麗で、可愛かった。

 仕事から帰ってきた父が「ただいま」と言う前に、私は父に飛びついた。


「1週間、待ちなさい」


 あの時の父は、困った顔をしていた。


 1週間後、絵の具とボンドで汚れた父の手には、不恰好な風鈴があった。

 プラスチックのコップと、割り箸と、折紙で出来た手作りの風鈴だった。

 コップには父の描いただろう不細工な金魚が、1匹だけ寂しそうに泳いでいた。


 あの時、私は父に何て言ったか、覚えていない。でも、父が悲しそうな顔をしていた事だけは覚えている。

 父の風鈴は縁側にかけられたが、私は見ようともしなかった。



 私がその風鈴に触れたのは、それから2年が経った時のことだ。

 生まれて初めて膝まで積もった雪にはしゃいで、庭で遊んでいた時だった。

 ふと目を上げた先に、あの風鈴があった。1匹だけで寂しそうに泳ぐ金魚が目に入って、ツキリ、と私の心が痛んだ。


 母に頼んで風鈴を外してもらい、私は父の金魚の隣に、赤い油性ペンで金魚を描いた。

 プラスチックのコップはペンが滑って、やっぱり私の金魚も不細工になった。


 次の日、仕事が休みだった父と、縁側で風鈴を眺めた。


「暖かいなあ」


 庭には雪が積もっていて、私は父の言葉が理解できなかった。


「どっこいしょ」


 腰を上げた父は、家の中に引っ込んだ。



 寒かったけど、私は家の中に入ろうとは思わなかった。

 家の中が冷えることも考えないで、私は縁側に座り、足を揺らしながら、風鈴を眺めていた。


「お待たせ」


 少しして戻ってきた父の手には、2人分のミルクココアがあった。

 カチリ、と2つのマグカップが合わさって、湯気がユラユラ揺れた。

 熱いココアを冷ましていた私に、父が呟いた。


「風鈴は見た目と音が涼しげだから夏の風物詩と言われている。でもうちの風鈴は暖かいから、冬の風物詩だなあ」


  ❄︎


 あれから40年もの時が過ぎた。


 長い時を過ごした風鈴は、日焼け、色褪せている。


 当時は父の言葉を理解できなかったが、歳を重ねるにつれ、私にも分かるようになってきた。

 出来立てのココアを手に、私は縁側に腰掛ける。


 40年は、長かった。でも、やっぱり短かった。


 誰もいない宙に向けて、私はスッとマグカップを持ち上げる。


 コロン。


 短冊が揺れて風鈴が音を立てた。

 2匹の金魚は、今日も仲良く泳いでいる。

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