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ドラゴンに乗った姫

言っておくが、いつも全裸というワケではない。

7年間も誰とも会わなければ、どうせ見られる事なんてないんだし……と時には素っ裸で過ごす日を作るようになるものなのだ!


ドラゴンは太い足を器用に折りたたみ、ゆっくりと地面に腹をつけた。

灰色のドラゴンの背中には真紅の絨毯が敷かれている。そして胴をぐるっと縛っている何本かのベルトが絨毯の上に置かれている座席を固定していた。


座席から立ち上がった女性は縄の梯子を使ってドラゴンから降りてきた。


「信じられない……フェル=アッカにどうして人が……」

そうつぶやきながら女性はゴーグルを外した。


ゴーグルの下から現れたのは長いまつ毛と、吸い込まれるような紫の瞳だった。年齢は20歳前後だろうか? フワっとした優雅さとキリっとした情熱を同時に感じさせる美しい顔立ちだった。


すらりと細く背が高い。俺より少し小さいくらいか、170㎝以上あるのは間違いなかった。


女性が身につけている服は風を通しにくそうな上質な織物で、胸元と袖と膝丈スカートの裾には銀糸の刺繍が縫われていた。舞踏会のドレスではなく動きやすそうな服なのに妙に気品が漂っている。


「私はアイリア・ル・ダーガヘント。ダーガヘント王国の第二王女です。あなたは何者ですか?」


異世界でファーストコンタクトする人間がお姫様になるとは驚きだ。名前を聞かれたので「俺は……」と名乗ろうとしたが、とっさに思いとどまった。


あぶないところだった。俺の苗字と名前はどちらもこの世界だととてつもなく卑猥な言葉になるのを思い出した。高貴な人間にいきなりあんないやらしい言葉を(しかもおっさんが)言ったら殺されても文句は言えない。


じゃあ、どんな名前を名乗ろうか?

転移者ってのは漂流者みたいなもんだし、ここは無人島で……ってことは。


――決まった。


「俺の名前はロビンソン……ロビンソン・クルーソーです」

「ロビンソン? 本当にそれがあなたのお名前? そんな上級貴族令嬢のような可憐で可愛らしい女性の名前だなんて……」

「え? 女性の名前? そうなの?」

「あなたは女性なのですか? ……いいえ、それはないですね」


そう言ってアイリア姫は頬を少し赤らめた顔を背けた。そうだった、まだ俺は全裸のままだった。


「噂で聞いた事があります……この世には露出狂という変質者がいるとか」

「違う! そんな趣味はない! ちょっと待ってて下さい、ここには服も布もないから家まで取りに行ってくるから!」

「布ならば……ありますが。椅子に敷いていたものでよろしければ」

アイリア姫はドラゴンの背の座席を指差した。座席には茶色の布が折り畳まれて敷かれていた。


「ああ、それじゃお言葉に甘えてお借りします」


と俺がドラゴンに向かって1歩足を動かすとアイリア姫は慌てた様子で「お待ちください!」と叫んだ。


「あの子は私以外に触れられるのを非常に嫌がります。とても危険なんです。私が取ってまいりますので」

「でもお姫様にそんなお手間をかけさせるのも気が引けるし……それなら……」


俺は右手の親指と人差し指で輪っかを作り、座席の布をその輪っかの中に入れて「ルーマル」と小さく唱えた。

布は宙を舞って俺の足元に落ちた。この魔法は魔法書の中では入門的なもので最初に覚えたもののひとつだった。普段はこれで手が届かない場所の果実などを採取していた。


俺は布を体に巻き、近くにあった細く柔らかいツタを帯のかわりした。片方の肩だけ露出している古代ギリシャ人とかローマ人とかのスタイルだ。


「さっきのは魔法……なのでしょうか?」


アイリア姫は少し驚いたような顔で聞いてきた。


「手順とか作法とかおかしかったのかな? ショボイのはつっこまないで下さい、なんせ独学なもんで……」


アイリア姫は小さな宝石を懐から取り出し「顕現けんげん せよ、力の鏡」と言った。すると宝石はホログラムのような光の板を空中に表示した。姫が宝石を俺に向けると光の板に文字が浮かび上がる。


おそらくあれも魔法の類なのだろうが俺の読んだ魔法書にあんなものは載ってなかった。下の世界は魔法の分野がかなり進んでいるのかもしれない。


「クラス、なし。パッシブスキル・ユニークスキル、共になし」


アイリア姫は怪訝な顔でホログラムの文字を読んでいく。


「習得魔法……なし?」


何か動揺している様子のアイリア姫は宝石をしまうと、一度深呼吸をして落ち着きを取り戻した。


「先ほどの魔法も気になりますが、それよりもお聞きしたい事が沢山あります。なにしろフェル=アッカに人がいるなんて想像もしてなかったのです」


どうやらフェル=アッカというのが彼女のような下に暮らす異世界人のこの浮遊島の呼び方らしい。


「あなたは何者ですか? どのような方法でここに? 他にも人はいるのですか?」

アイリア姫は畳み掛けるように質問をしてきた。


それぞれの質問に答えるなら、元ブラック企業サラリーマンで現在無職、ある日突然この世界に転移してきた、他に人はいないけど話す石像のチャッピーならいる、という感じになるだろう。


しかし、これを馬鹿正直に答えて良いものだろうか? 転移なんて信じてもらえる気がしないし、もし転移がこの世界では悪魔召喚と同じ意味ならどうなる?


「実は自分の名前以外覚えてないんです。ここに来る前の記憶が何もなくて……」


とりあえず俺はこの世界の人間だけど記憶喪失になっているという設定で行く事にした。それを聞いたアイリア姫は何かを考えているような表情をしてから俺に質問してきた。


「過去は忘れていても、これはお答えできるかと思います。ロビンソンさんはこの天空の島フェル=アッカの正当な所有者だという事の証明はできますか?」

「それはでき……ないですね」

「わかりました、それならば……」


そしてアイリア姫はじっと俺の顔を見つめ、威厳のある顔つきで、こう言った。


「ここはダーガヘント王国領土! よって天空島フェル=アッカは我が王国が統治します!」




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