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話す石像の相棒

円形の島の淵に沿って歩くと1周およそ7000歩。

よく歩いていた原宿駅のすぐ隣に広がる代々木公園の外周が約4500歩だったので、この島は代々木公園の1.5倍くらいの広さだろう。


けっして狭くはないが、7年も住めばそれなりに知り尽くせる広さだった。


島内には森のようになっている場所があったり、湧き水が出ている場所もある。

地上と何も変わらない。雨は降り、風も吹く。しかしそれら全てがまるで島にとって都合よく設計されているようだった。


畑仕事を終えて、ふかし芋の昼食を食べた後はいつものように遺跡に向かった。

島の中央の丘の麓に遺跡の入口がある。つまりこの丘は、ただ土が盛られているのではなく内部が遺跡になっているのだ。


何の遺跡かは分からない。神殿かもしれないし、墓かもしれないし、学校かもしれなかった。

遺跡の天井や壁は俺の魔法によって常に光を放っている。この遺跡は島に来て数日後には発見していたが、はじめて入ったのはたいまつを作る事が可能になってからなので、発見から1ヶ月くらい経ってからだった。


壁と天井が石造りになっている地下道のような一本道を進んで、広い空間に出る。そしてそこにいる相棒のチャッピーにあいさつをした。


「チャッピー、おはよう」

「おはよう、あれから調子はどうだ?」

「もう大丈夫。しばらくキノコには手を出さないよ。素人には難しすぎる」

「腹が痛いという感覚は分からない、でも、心配していたぞ」


この島での相棒、唯一の話し相手であるチャッピーは石像だ。


高さは100㎝ちょっとのずんぐりとした円柱形で手と足はないから動く事はできない。円柱の上部には2つ並んだカメラのレンズのような目、そのすぐ下に郵便ポストのような長方形の口がついている。


この世界の言葉はチャッピーから学んだ。

簡単な会話が出来るまでに1年、現在と同じくらいのやり取りが可能になるには4年くらいかかった。

ちなみにチャッピーという名前は俺がつけた。名前を持っていなかった彼はとても喜んでいた。


言語を覚えたおかげで遺跡内にあった書物が読めるようになった。

神話や英雄譚を読んでこの世界の人間の情緒や感性が自分とさほど違わないのだという事を知り、魔法書を読んで独学で魔法も使えるようになっていった。魔法は生活の質をかなり上げたので覚えて大正解だった。


チャッピーと1時間程たわいもない会話をした後は、石製の本棚から3冊の本を抜き取り、壺から取り出した塩を蛇の抜け殻で作った袋に入れて遺跡から出た。


これから日が暮れはじめるまでは広大な大地がパノラマで見渡せるお気に入りの場所で読書の時間だ。俺は柔らかい芝の絨毯に腰を下ろした。

太陽はポカポカと温かく、優しい風が心地いい。ゆったりとした時間が流れている。


ストレスまみれだったブラック企業サラリーマン生活と比べたら、ずっと人間らしい生活ができている。心を乱すものがなにもない。


けれど、いつからか自分はこの「完璧な日々」を「さらに完璧な日々」にしたいという欲が出てきていた。

元の世界に帰れないかもしれないのは覚悟している。帰れないのならばこの世界の文化にもう少し触れてみたいし、この世界にはどんな人々がいるのか興味があった。


少しくらいなら心をかき乱されても構わないとすら思っている自分がいた。

具体的に自分の理想をいえば、この素晴らしい場所での生活を維持したまま、好きな時に下界に降りたかった。


――諦めろ、それは叶わぬ夢だ。


俺は遠くにある白い城と城下町を見た。

この下の大地には人間が暮らしているのは間違いない。その向こうの人間からもこの天空の島はよく見えているはずだ。


しかしここに来る人はいない……いや来れないのだ。

飛行機やヘリコプターどころか気球のようなモノすらなさそうだし、どうやら空を飛ぶ魔法も存在しなさそうだ。そんな魔法があるのならこれだけ美しい島なんだ、観光に訪れる事だってあるだろう。


そして誰もこの島に来れないように、この島から出る方法もなかった。


「……あれは?」


俺は立ち上がった。何かが見えたからだ。

その何かはどんどん大きくなっていく。

そしてそれは自分のすぐ目の前に象のように太い足をドスンと落とした。胴体は中型トラックほどのサイズで、大きな羽を持った恐ろしい怪物がそこにいた。


――間違いない、これはドラゴンだ。


遺跡の神話本にたびたび登場していたが空想上の生物だと思っていた。大地と空を見渡せるこの島から一度も飛んでいる姿を見た事などなかったからだ。


翼竜の背にはゴーグルのようなものをつけて長い黒髪を風になびかせる女性が乗っていた。

俺を見た女性の表情が若干ひきつっているのがわかった。その理由は想像がつく。


7年ぶりに人間と遭遇した俺は朝起きてから今のいままで、ずっと全裸なのだ。






















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