日々のルーティーン
……島の空を、なにかが飛んでいた。
目を凝らしてもわからないが、妙に“人の形”にも見えた。
そして俺の方にまっすぐ向かってきた。
おい、俺のこの「完璧な日々」をもっと良くしてくれるのか?
それともぶち壊すつもりか?
◆
会社勤めの頃は毎日同じ時間に起きて、同じ時間の電車に乗って、そして終電で帰ってきた。
休みの日はネットかサブスク。そんな生活が“俺の人生”のルーティーンだった。
そしてここでの毎日の生活も完全にルーティーン化していた。
この島に来て7年目。
俺はもうすぐ34歳……まあ、おっさんと呼ばれても否定できない年齢だ。
ベッドから起き上がり、髭を剃り、夜中の間に冷えた水で顔を洗い、朝食の準備をはじめる。
「ホル」と唱えてかまどの火を起こし、「ヘムス」と唱えてかまどに風を送る。
島で採取した麦を脱穀後に粉砕して、最終的に小麦粉状になったモノに水を加えて手でこねて薄く伸ばしただけの素朴なパンを焼く。分厚いクレープと言った方が伝わるかもしれない。
パンを焼いている間に目玉焼きも作る。
鳥とその卵、蛇、カエル、池の魚がこの場所での主なタンパク源となっている。四つ足の哺乳類はここではまだ見た事がない。
焼き上がったパンと目玉焼きを木皿の上に乗せた。パンには蜂蜜を塗る。
あとは火をつける前から石の板の上に乗せておいた鍋で煮出しているコーヒーが揃えば朝食の完成だ。
もちろんコーヒー豆なんて手に入るはずもないので、タンポポのような花の根を乾燥させて炒った代用コーヒーである。このような生活の中での数少ない嗜好品だ。栄養だけでは人は生きられない。
コーヒーを煮出している不細工な鍋は薄い鉄の板を石で叩いて曲げて作ったもので、この薄い鉄の板からはナイフやカミソリなども作った。
鉄の板は「遺跡」の中にある祭壇らしきモノの装飾品だった。かつては何かを讃える為の板だったのだろうが、今はただの鍋の底だ。
朝食を終えた俺は家から外に出た。
洞窟を利用して作られた我が家の外観はみすぼらしいが、コツコツと手を加えていった内装は雰囲気の良い山小屋のような感じになっていて、自分ではけっこう気に入っている。
そして少し歩いて島の淵まで来た。
遥か遠くまで見渡せるこの絶景は、壮大で美しく、見飽きる事なんてない。
今日は雲がひとつもなく空気が澄んでいたので眼下の草原に落ちているのはこの島の丸い影だけだった。
――7年前、俺が突然転移したこの無人島は、空に浮いている。