『約束』前編
朝、目覚めると、幼い頃の夢を見ていた。
ここに引っ越す前、まだ小さかった俺は、近所に住む年上の女の子に抱きしめられ、言われた。「好きだよ」
目覚めた瞬間、その言葉は胸にぽっかりと残った。懐かしく、そして少しだけ切ない。
夢の余韻を引きずりながら、俺は身支度を整える。結も準備をしていて、いつも通り、朝の空気が柔らかく漂っていた。
「今日は役所に行くんだね」
「うん、正式に……婚姻届けを出すために」
結の運転で車は街を走る。窓の外の景色が、少しずつ流れていく。
でも俺の頭の中は、夢で見たあの女の子でいっぱいだった。
結に向ける視線と、遠い記憶の女の子の顔が、ふと混ざる瞬間があった。
役所に到着すると、書類を受け取って手続きを進める。職員の淡々とした声と、書類のペンの音が静かに響く。
一年前、まだ未成年だった頃の自分がここに立っている姿を、想像できるだろうか。今は18歳、結婚可能な年齢になった。
手続きが終わり、結はふと提案する。
「このまま、ちょっとファミレス寄って帰る?」
俺は小さく頷いた。外は少し曇り空で、午後の光が柔らかく差し込んでいた。
──過去の夢も、現在の幸せも、そしてこれからの生活も、すべてが少しずつ繋がっている気がした。