『この感情は』 前編
朝の光が部屋に差し込み、いつも通り結と二人で朝食をとる。
今日も特別なことはないはずだったのに、なんとなく胸の奥がざわついていた。
俺は自分でもよく分からないその感覚を、ただ「落ち着かない」と片付けていた。
昼過ぎ、結が俺に新しいスマホを渡した。
「はい、これ。好きなの選んでいいよ」
手にした途端、金属とガラスの冷たさが指先を伝わる。
手が少し震えていることに気づいた。けれど、理由は分からない。
「じゃあ、使い方教えるね」
結が画面を指で撫でるたびに、胸の奥がドクンと跳ねる。
何だ、この感覚は──?
「……ねぇ」
結の声に振り返ると、彼女はじっと俺の胸に手を置いた。
「心臓、早くない?」
自分の胸に耳を当てても、確かに鼓動は速い。
「……分からない」
理由が、全く分からなかった。
結は小さく笑い、目を細めた。
「ねぇ、私のこと、好き?」
その質問に、答えはすぐに出なかった。
頭では「好きって、どういうことだろう」と考える。
でも、胸の奥では何かが跳ね、息が少し詰まるような気がする。
──恋、というのがこれなのか。
いや、分からない。けれど、確かに、今まで感じたことのない感覚だった。