『この世界に生きた理由』 後編
朝、窓の外の光がやけに白かった。
結は台所でコーヒーを淹れながら言った。
「……学校、行ってみる?」
その一言に、胸の奥がざわつく。行かなくてもいいと言われ続けてきたのに、なぜか今日は頷いてしまった。
学校は、変わっていなかった。
廊下の視線、耳元で笑う声、机の中のゴミ。
授業中、突然背中に押し付けられる冷たい金属。振り返ると、笑っているクラスメイトの顔。
放課後近く、音楽室の裏で複数の手が肩や腰を掴んだ。息が詰まる。
嫌だ、と叫んでも笑い声はやまなかった。
耐えきれず、途中で学校を出た。
足はふらつき、心臓が痛い。
その途中、角を曲がったところで、親と鉢合わせた。
「何やってんだ、この出来損ないが」
腕を掴まれ、頬に鈍い衝撃が走る。続けて腹に蹴り。呼吸が奪われる。
道路に背中が押され、視界の端に迫る車のライト──
引き寄せられる衝撃。
次の瞬間、俺は結の腕の中にいた。
彼女は俺を庇うように立ち、親を真っすぐに見据える。
「この子は私が買った。あんたたちのものじゃない」
一瞬の沈黙のあと、親は小さく笑った。
「そうか。じゃあ、持ってけ」
その声には、血の通った感情が一切なかった。
マンションのドアが閉まる音が、やけに重く響く。
結はソファに俺を座らせ、そっとタオルを渡した。
震える指先が、額の汗と涙を拭う。
「もう、無理しなくていいから」
その声は、優しいのに少し震えていた。
俺はその胸に顔を埋める。波の音も、外の光も、何もいらなかった。
──この世界に、生きた理由が、やっと見つかった気がした。




