第8話 ボコンッ!
前回の件で懲りた博士は研究室の隅の一画を改造し、スライム専用区画として宛がうことに決めた。
もちろん衛生を保つためそれなりの機能を備えさせている。
「全く、ワシとした者が抜かったわ。
いかに人造生命体のSL2-Sといえど、有機生物である限り排泄はつきものだということをこうも綺麗に忘れてしまうはな……」
新区画を彷徨くスライムを見下ろし溜め息を吐く博士。
当のスライムはバケツの中で──。
ブクッ!
ブクッ!
天井に向かってヘドロのような物を高く噴き出しているスライム。
落下したそれの正体を確認するべく近づこうとする博士だが──。
ブクッ!
ボコボコッ!
ボコッ! ボコッ!
今度は噴き上げるのに加えて、ヘドロが溢れるように湧き出してくる。
その様子はまるで火山の噴火と流れ出す熔岩のようだ。
「く……。
まさか自分で生み出した創造物にこうまで振り回されようとは……」
自分自身が生み出しながらもその性質を理解できていないが故の悔しさと、現状に戸惑う歯痒さに苛まれる博士。
だが、嘆きはあれど研究者としての好奇心と創造主としてのプライドは負けてはいない。
「だが、高がこれしきのことでワシが臆するとでも思うてか!
このワシを挫かせるにはまだまだ全然、……遥かに足りぬわーっ!」
呼吸を整え駆け出す博士。
正直何ができるかは不明だが、全ては調査をしてからだ。
知ることこそが理解に繋がり、そしてそれが知識と知恵に昇華され偉大なる叡知へと至る。それこそが彼の信念であり、人生を懸けて積み上げてきた美学であった。
とはいえ実際はただの精神論であり、現実がそれに応えてくれるかといえば話はまた変わってくる。
スライムの潜むバケツまで辿り着いた博士ではあったが結局は未だ何も理解できていない。
「負けて……、負けてなるものかぁぁぁ!」
不死の賢者が叫びを上げる。
但しその脳味噌の大半は腐らずとも枯れ朽ち果てているのだが。
ボコンッ!
バケツが一際大きく爆ぜた。
その巨大な塊は覗き込まんとする博士の頭部を綺麗に吹き飛ばした。
ボコッ! ボコボコッ!
溢れるヘドロが倒れ臥す博士の身体を呑み込んでゆく。
博士が人造生命体SL2-Sのために用意した研究室の一画。
そこはヘドロの海と化していた。
天井からはヘドロの雨が降り続いていた。