第30話 Bogey lake like bogey - 妖しい湖 ボギー湖 -
街と街を繋ぐ街道、その間にあるのは別の町や村といった人里ばかりではなく、そこを行く旅人たちのための休息地というものも存在する。これらには人工的築かれたものもあるのだが、比較的利便性の好い所に設けられた簡易的なものも少なくはない。
例えば──。
デヴィランス辺境伯領領都シュヴァイニンゲンとスケブニンゲンの町をつなぐ街道の途中、ドンケルボス森林手前のタウベンヒューゲル丘陵にボギー湖は位置する。荒地より注ぎ込むゼゲン川の水だがその水質は意外と澄んでおり、それでいて富栄養化した成分は失われていない。そのせいもあり水生植物は生い茂り、野鳥たちも集まる憩いの場ともいえる環境を自然が作り出している。街道を森林へと進む旅人たちが事前の準備と休息の地としてここを利用するようになったのも自然の流れというものであろう。
「う~ん、和だ。
なるほど鳩の丘の名の通り、あちこちから鳩の鳴き声が聞こえてくるし。ここが闇の支配地なんて呼ばれる森の入り口なんて嘘みたいだな」
「こいつらさえいなけりゃな。
全く、鬱陶しったらありゃしねえ」
足下を這う百足とも蠍とも覚束ない虫を摘み、毒づきながら焚火へと放るロコ。一応虫避けのための防虫炭 を焼べてはいるのだが、生憎その効果は薄いようだ。
「まあな。だがそれも慣れりゃどうってことないだろ。
ほら、見てみろよ、ドンベェなんてすっかりと適応しきって呑気そうにメシを食らってやがる」
そうロコに返すアクセルではあるが、言葉には些か毒がある。やはり彼も内心では同じようなことを感じているのかも知れない。
「ん? なに?」
ふたりの呆れたような会話に気づき振り向くドンベェ。その表情はあまりにも間が抜けていた。
いや、抜けていたのは表情だけでなく──。
「あ……」
思わぬ声掛けに驚いた拍子に手にしていたおにぎりがポロリと零れた。
「ちょ、ちょっと待ってよ~」
傾斜した地面を転がっていくおにぎり。
それを追いかけるドンベェ。
穏やかな日射しの中のこれはある意味ほのぼのとした光景といえるだろう。そんな様子に眺めているアクセルたちも腹を抱え笑っている。
「え? ちょっと、この先って──」
だがパーティの斥候ステラ・ノアは落ち着きを失くし腰を浮かせる。
なぜならば転がるおにぎりの向かう先にはボギー湖が待っているのだから。
ドッボーン!
高く上がる水柱。
案の定、ドンベェは湖の中へと飛び込んだ。
「だあ~はっはっは。本当に落っこちやがった。全く、お約束を外さないやつだぜ」
「お~い、いつまでも馬鹿やってないでさっさと上がってこいよ」
相変わらずで笑い続けるアクセルとロコ。
確かにこれはギャグの定番だ。
しかし忘れてはいけない。ここは魔の森ドンケルボス森林の入口なのだ。
「な、なんか様子が怪訝しくないか?」
溺れ足掻くドンベェを眺め笑っていたロコが違和感に気づいた。
あまりにも長く続き過ぎるのだ。
ドンベェの身体を蔓草が這い回る。どうやら彼の溺れていた原因は水棲植物が原因だったようだ。
蔓は彼の全身を覆い尽くし、彼を水の奈落へと引き摺り込む。
されど水中での行動を想定していなかったパーティに彼の救出の術はなく、ただ彼が拐われていくのを眺める他にないのであった。
※この作中の防虫炭は現実世界のそれとは別の使い方をする物です。真似して火に投入しないようご注意ください。
いや、いないでしょうけど。(笑)




