第25話 種族の起源 ⑥
エベルがオークたちの集落で暮らすようになって一月が経った。
人間とオークの関係はお互いの歩み寄りにより少しずつ改善されつつあったが、それはまだ表面的なことに限ってであり、やはり根本的な問題の解決には至っていない。
「やめてよっ! いやらしいっ!」
今も人間の女性を林に連れ込もうとしていたオークの若者がこうして拒まれたばかり。
まさか貪婪という言葉がこんな意味だとは思わないが、あまりにも欲望丸出しである。
「ああ、くそっ! またかよっ!
族長があんなことさえ言い出しさえしなけりゃこんな面倒なかったのによ」
これで今日何度目であろうか。戻ってきた若者が不満に委せ愚痴る。
「やっぱこうなるよなぁ。
普通はこんなこと考えないし」
同情し宥める友人。
結局は彼もオークということか。
まあ、これまではこれが当たり前で罷り通っていたのだから、彼らを責めるのも酷というものかも知れない。
だが──。
「なによポール、あんた、まだそんなこと言ってるわけ?」
そんなふたりを横から責める声があった。
「うげっ⁈ フィリシア⁈」
人間に豚の血の雑ざった異形な存在フィリシア。このオークの集落において複雑な立ち位置に置かれた親子の末娘である。
「うげっ?じゃないでしょ。
だいたいあんたたち、相手の立場になって考えたことがある?
財産を奪われ、家族を殺され、貞操を穢され、全ての尊厳を傷つけられて、それで相手を受け入れようって気になると思う?」
胸に抱いた子をあやしながら、ふたりを諭すフィリシア。そこには悲愴さはなく、悲壮ささえも感じさせない。
「なんで俺たちがそんなこと考える必要があるんだよ? バカじゃねえの?
それにそんなのはきっちり調教すればすむ話じゃねえか。
全く、自分たちの立場ってものも解らないやつがでかい口叩いてんじゃねえよ」
オークの若者は物怖じしないフィリシアを見て嘲笑う。
なんだかんだと言ってみても彼女たち人間がオークに庇護されているという事実に変わりなく、それが彼にはオークが人間を飼っているように見えるのだろう。
「バ、バカっ、なんてこと言うんだよっ!」
だがその友人であるポールの方は慌てて彼を諌め出した。
「お、俺はこいつとは違うからなっ。
だから変な気は起こさないでくれよ?
頼むぞ?」
そして否定し、今度はフィリシアへと取り入るように宥め始める。
「え~? 本当かなぁ~?
どうしようかなぁ~?」
懸命なポールにフィリシアはニヤリと意地の悪い笑みを返す。
彼女のこの余裕はいったいどこからくるのだろうか。
翌日の朝、テカり顔でニヤついたポールのふらふらになった姿がオークの若者たちの間で噂になっていた。
そしてその日以降、彼らの女性に対する態度が明らかに変わったという。
詳しいことは敢えて語らない。
ただオークの若者たちのこの豹変と人間の女性たちの現実への妥協の結果、双方の融和への道が進むこととなったとだけ述べ止めておく。
ポールになにがあったのか? それはご想像にお委せします。
敢えて言うなれば妥協したフィリシアがポールを巧く手玉にとっているってことで。(笑)
……こういうのも女性の強さだって言ったら怒られるのかな……。