第24話 種族の起源 ⑤
今回も作品がオークに乗っ取られたまま進行します。
本来はスライムの話だったはずなのに……。
かつてオークに村を襲われたエベルたちは彼らの集落で暮らしていた。
但し家畜や奴隷としてでなく、れっきとした尊厳を認められたひとりの自由化な人間として。
エベルとその家族を目にしたことでオークたちは考えを改めたのだ。彼らを信じ人間との共存の可能性を探ろうと──。
だがそれは一筋縄ではいかなかった。
当然だ。彼らオークは村の男たちを殺し、女たち拐い辱しめ孕ませたのだ、怨まれこそすれ受け入れられようわけがない。実際何人かは屈辱に堪えきれず自ら命を絶ち、何人かは彼らの殺害を企て返り討ちに遭っている。
子を産めば我が子を目にし発狂したり、その子に手をかけようとした者もいた。
しかしそれを乗り越えた者たちもいた。
単に死を選ぶことも狂うこともできなかった者といえばそれまでだが、それでも彼女たちが心弱き者だというのは違う。寧ろ彼女たちは強き心を持つ者たちである。
彼女たちにそれを齎したのはエベルの母親ハミリアであった。
彼女も他の女性たちと同じように彼らの子を孕み産んでいる。ふたりの娘たちもまた同様だ。
彼女たちの三人へ向ける視線は冷たかった。
娘ふたりはオークたちと同族の豚の子であり同情するに値しない。寧ろそれこそが当たり前なのだ。
「あんたたちはいいわよね。今の現実になんの抵抗すら感じないんだもの。
所詮は豚の子とその母親よね……」
ひとりの女性が母子を蔑んで哀しげ哂う。
おそらくは同じ立場に堕したことを嘆く自虐心もあってのことなのだろう。
「そんなわけないじゃないっ!
私だって……、私だって……、普通に恋して、好きな人と結ばれて、その人の子を産みたかったわよっ!
でも……、でも、仕方ないじゃないっ!」
彼女の心ない言葉に反論するフィリシアだが、こうして己の呪われた運命を直視させられると、やはり崩れ落ち項垂れずにはいられないようだ。
「フィリシア……」
姉のマイアも妹と同じ心境なのであろう、宥め慰めることさえできず、傷を舐め合うにも言葉さえ出てこない。
「あなたたちの気持ちは解るわ。
自分から望んだ関係ではないし、その末に宿った命だもの。
でもね、だからってお腹の子を呪うのは間違いだわ。
この子たちはただこの世に生を受けただけ。神様が望んだから生まれてくるの。たとえそこに罪を背負っていたとしてもね。
だったらせめて母であるあなたたちくらいはその生を祝い愛してあげるべきじゃないかしら。それこそが親っていうものでしょ?」
だがハミリアは違った。
これは彼女にとって既に経験済みの現実であり、それを受け入れる器量ができ上がっていた。人間である前にひとりの母親であるという母性愛の悟りである。
「そんなのただの欺瞞よっ!
負け犬人生に甘んじた自分を綺麗事で誤魔化しているだけに過ぎないわっ!
だって……、だって──」
とはいえ、普通に考えれば彼女の言うことはつらい現実から目を逸らしているだけの逃避思考に過ぎないと映ることだろう。
だがハミリアは否定する。
「じゃあ訊くけど、もしもあなたが人間でなかったら、あなたの両親はあなたを愛してはくれないの?
人外の子を産めばそれだけで失われてしまう程度の愛なの?
違うでしょ?
親が我が子を愛することは理屈じゃないの。
ただ愛しい。それが愛というものなのよ」
「…………」
「「……お母さん……」」
ハミリアの言葉を否定しようにも、さすがにこれには返す言葉はない。
親が子に注ぐ無条件の愛。自分が誰かの子である以上、これを否定できる者はいないであろう。
マイア、フィリシアの姉妹もまた、改めて母の大きな愛を知るのであった。
人間たちが変わればオークたちも変わる。
人間の女性たちが進んで子育てを行うようになると、その扱いからは乱暴性が徐々に薄れていった。
元々彼らも望んで人間を襲っていたわけではなく、種の存続という目的が理由であってのことだったのだ。人間がオークを受け入れるというのなら彼らにそれを受け入れないという理由はない。
といっても、彼女たちが受け入れたのは子育てのこと限定であって彼らの子を産むことを受け入れたわけではなく、それに関する問題は未だなんの解決にも至っていない。
「なんでですかっ! あいつらは子を産ませるために拐ってきたんでしょう!
なのになんで子を孕ませるなと言うんですっ⁈ 納得できませんっ!」
集会所ではオークの青年たちの激しい詰問の声が轟いていた。
彼らの言い分は間違っていない。家畜はその務めを果たさせるために飼うものなのだから。
「そんなことは言ってはおらん。ただ無理強いするなと言っているだけだ」
「ふざけないでくださいっ! こっちは真面目に話をしてるんですっ!」
族長の応えに青年たちは憤慨した。
だが当然ながら族長に彼らを嘲弄する意図はなく、それ故に苦笑を浮かべるのであったが、それがまた彼らを余計に激昂させる。
「ふざけてはおらんさ。
考えてみろ。
我らは繁殖のために人間を襲い女を拐う。
しかし女たちは種付けを拒み命を絶つ。
それに堪えた者も孕んだと知れば命を絶つ。
そうでなき者も産んだ子を見て命を絶つ。
こうして女たちは死んでいく。
そして再び人間の女の調達。
不毛な歴史の繰り返しだ」
「それがなんですっ!
それが理というものでしょうっ!」
族長の語る現状に青年たちは苛立ちを募らせる。
短慮ではあるが単純明快を求める彼らにはただの焦らしにしか思えないのであろう。
「そうかな?
ならばエベルたちの存在はどう説明する?」
問いかける族長は傍らのエベルへと目を移し、そして再び彼らへと言葉を続ける。
「エベルの母親ハミリアのことは知っているだろう。
彼女は我らと類似するであろうエベルたち兄妹を育て、そして今回我らオークの子を産み、誰よりも率先して育ててくれている。
そしてその娘ふたりも、彼女同様。我らが子を育て慈しんでくれている。おそらくふたりは我らオークを自身の類似種として受け入れることにしたのだろう。そこのエベルのようにな」
眉を顰めるエベル。
彼の心境はきっと誰よりも複雑だ。
共に暮らしてきた村人たちは彼らをオークを手引きした者だと疑う。彼の母や妹も同様にオークたちの毒牙にかかっており、やりきれない思いを抱えているのは一緒なのだが、村人たちにはそれは通じない。理性よりも感情が上回る、もしくはどこかに理由を求めなければ気持ちの収まりがつかないということなのであろう。
そしてオークたちから見れば彼らは同族でありながら人間に与した裏切り者。一応は同族扱いとして受け入れられてはいるが、信用されているとはいい難い。
それでもやはり現実は非情。彼とその愛する者たちの身を守るには、たとえどんなに不本意であろうとこれを受け入れるしか選択肢はないのだ。
「それにエベルの番だ。
彼女は人間でありながらオークであるエベルを受け入れている。
エベルの母親と番、このふたりの存在は人間が我らオークを受け入れる可能性を示している。
つまり今こそが我らオークの不毛な歴史に終止符を打つための転換点なのだ!」
いつの間にか族長の語る声は高揚としていた。
一族の安定した繁栄の可能性を見出だした喜び故の興奮は、やはりその地位と責任によるものだろう。オークといえど彼も一廉の人物ということかも知れない。
そんな彼の言葉はエベルにまた別の複雑な感情を呼び起こす。
唯一彼に幸いだったこと。想い人であるイーナがオークたちからの凌辱を免れたことだ。
どうやらエベルへの配慮により彼らは彼女への手出しを控えているということだろう。
なので間違えても彼女との関係が一方的な淡いものであったとバレるわけにはいかない。とはいえこれまでになんの進展もなく、今日の日を迎えるに至っている。
彼女のために、そして自身のため、なんとしても彼女との関係を進める必要性を感じるエベルであった。
こうして書いておいて今さらではありますが、この作品は犯罪を容認するものでも、その被害者に泣き寝入りによる和解を促すものでもありません。
まあ、こうして被害者よりも加害者へ配慮したような形で和解させようとしているだけに説得力はありませんけど……。
ただ、加害者の反省や謝罪、贖罪も被害者の赦しがあってこそ。そうでなければ彼らも毒を食らわば皿までと開き直るしかないわけで、正に騎虎の勢いの故事状態。罪を憎んで人を憎まず、こんな甘い理想論を懐く私です。