第23話 種族の起源 ④
エベルが目を覚ましたのは翌朝だった。
どうやら悪い夢を見ていたようだ。
こうして今までベッドで眠っていたのがその証拠。
上体を起こそうとして身体中に痛みを感じた。
そして違和感に気づく。
周囲に漂う血生臭さ。
どこからか聞こえてくる啜り泣く声。
これらが夢という認識を否定する。
認めたくないが全ては現実なようだ。
だが、そうなると納得のいかないことが出てくる。他の男たちが殺されたであろう中、なぜ自分だけこうして生かされているのか。
「いや、それよりも──」
自身のこともそうだが、それ以上に村の様子が──家族や彼の想い慕う女性イーナのことが気になる。彼女たちはいったいどうなったのか。
「目が覚めたか」
部屋を出たところで声をかけられた。
どうやら彼は監視下にあったようだ。
「お前らっ、イーナをっ、村の人たちをどうしたっ⁈」
だがエベルにはそんなことよりも優先して問い糺すべきことがあった。たとえ半ば答は判りきっていても、それでも問わざるを得ないのが人の性というものであろう。
「ふん、それを問うのか。
我らオークが人間の雌を苗床にして繁殖することは今さら説明するまでもないことだろう」
男は馬鹿にしたかのように答える。
彼ら襲撃者たちの正体は亜人オークであった。ならば村の者たちがどうなったかは、敢えて説明するまでもないことだろう。
「貴様っ!」
激昂のままに拳を振り上げるエベル。だがそれは虚しく空を切り、彼に無様な転倒を齎しただけであった。
「それよりも……、どういうことだ?
なぜ我らと同類であるお前が、人間たちに受け入れられ共に暮らしている?
我らにとって、そっちの方こそが不可解な疑問だ」
エベルをさらりと躱しあしらったオークの男は不思議そうに彼へと問いかけてきた。
「……なるほど、正体を偽って潜んでいたわけか。
だが、それならなぜ村の者たちを庇い我らの前に立ち塞がった? 加勢するのなら寧ろ同類である我らの方であろう?」
オークの言葉が胸を抉る。
確かにエベルたち母子は正体を隠し村に溶け込むようにして暮らしていた。それは彼ら普通の人間たちによる自分たち異形への迫害を怖れてであり、自分たちこそがお互いを相容れない存在と見倣していることの表れと言われれば否定しきれない。だが──。
「ふざけるなっ! 俺たちは人との愛ある共存を望んでるんだっ!
お前らみたいな愉悦委せのただの略奪者と一緒にするなっ!」
──だが、やはり本心は違う。たとえ異物の血が混ざっていても、それでも同じ人間同士、大した違いなんてありはしない。ならば啀み合うよりもよりも解り合い仲好く共存する道を望んだってよいはずだ。
「愉悦委せの略奪者だと?
我らオークが本心でそれを望んでいるというのか?
そもそもこれは神の定めた理だ。否定すれば一族の滅亡が待っているだけだというのにどうして避けることができるというのだ。
それとも我らオークを受け入れようという奇特な人間がいるとでもいうのか?」
返ってきた応えは多分に嘲りを含んだものであった。つまり彼らも自分たち種族の在り方を忌まわしく思っているのかも知れない。
「……す、少なくとも、母さんは俺たち子どもを本気で愛してくれている。
だ、だから……、可能性はきっとあると俺は……、俺は……信じている」
この度の襲撃で村の男は極一部の幼子を除いて全滅。女性たちも多くの者が命を落とし、生き残ったのは凌辱に堪えきった者と幼女たちの数人のみ。
そして彼女たちはオークと共にこの村から姿を消した。