第12話 ベタベタ
人造生命体SL2-Sことスライムのエミールは悪食である。肉食、菜食、何でもござれ。液体にしても泥水を始め油、毒、酸さえも。有機物は大概食らってしまう。
「でも、そればっかりってわけじゃないのよね。普通に綺麗な水だって飲むし、最近じゃ塩甕を空にしてたし。無機物でも関係なしってことなのかしら……?」
エミールの潜む甕を眺めつつマージョリーは首を傾げていた。
「え? そうなの?
スライムってその殆どが水分なんでしょ?
あんな水分を吸収するような物を大量に摂取なんてしたら、普通は干からびて弱るものなんじゃないの?
最近じゃスラッガーがそれで寝込んでるって話だし」
などと言いつつエミールの甕へと近づいていく美少女アイナ。
バシュッ!
甕から濃紫色の何かが噴き上がり、覗き込む彼女の胸元から上を抉り取った。
エミールが彼女を喰らったのだ。
勢いで数歩後逸した彼女の身体は仰向きに倒れ、水塊と化し床を濡らす染みとなった。
染みは流れてマージョリーの下へ。
そして集まりて水塊となり、再びアイナの姿を形成した。
「あ~、びっくりしたあ~。
まさかいきなり襲いかかられるなんて思わなかったわ」
「なにを今さら言ってんのよ。先生の話を知ってるくせに」
こうしてふたりが呑気に会話が続けられているのはアイナの正体が水の妖精だったからで、こうして再生ができるからなのだが、それにしてもアイナの無用心さには程がある。実際一部を喰われた彼女は身体が少し小さくなっていた。
「まあ、そうなんだけどね。
でもお陰で少しだけ解った気がするわ。
やっぱりこの子ってスライムなんだって」
「はあ? どういうこと?
そんなの今さら言わなくても判ってることでしょ?」
アイナの言葉の真意を計りかね問い質すマージョリー。確かにこれでは抽象的過ぎて何を言いたいのかが理解できない。
「いやね、スライムって固体と液体の両方の性質を持っていてどっちが本質なのか判りづらいでしょ──」
マージョリーの疑問を受けアイナは説明を始める。
「一般的なスライムって一見形を保っているように見えるけど、それはあくまでも一時的なもので、実際は長くそれを維持できず流れだす粘弾性液体なわけじゃない。
だけど逆にこの子みたいに一見形を保ててないようでいて、その実流れだすことなく歪といえども常に形を維持している者もいる。要するに液性固体に近い存在ね──」
だが、語る内容は定義に反していて、やはり何を言いたいのかが理解できない。
「でもね、液体、固体のどっちであれこの子がスライムであることに変わりはないのよね。
ほら、最近じゃスライムの定義も変わってきていてガッチガチの超硬質ボディのスライムだって存在するじゃない? それと比べたらこの子の方がよっぽど普通の正統的スライムといえるんじゃないかしら?」
……いや、ただのスライムというカテゴリーへの意見だったようだ。
ただ、彼女の言う通り最近のスライムの定義が本来の“どろどろ、ぬるぬるしたもの”という意味から遠ざかりつつあるのは確かである。
「なんだよ、単に液体生命同士の馴れ合いじゃね……ぐぇっ!」
彼女の背後で水の刃に首を刎ねられた男が一人転がった。