第11話 エミール
人造生命体SL2-Sことスライムのエミール。
かつては小瓶を棲み家としていたが、それは彼の成長に従い大瓶、ブリキのバケツ、大壺と変わっていき、今では大甕がそれとなっている。
「ところでこいつ、なんでエミールって名前になったんだ?
スライムのくせに立派過ぎだろ?」
頭部の触角を揺らめかしながらブリトニーは首を傾げた。
「なによ。私のつけた名前に文句あるわけ?
だいたいエミールは先生の造った傑作なんだから変な名前なんてつけられるわけがないでしょ」
博士を敬愛する魔女マージョリー。そんな彼女にとって彼から受けた相談は重く、真剣に悩み抜いた末の命名であった。
「だからって『総督』ってのはないだろ。
相手は高がスライムだぞ。これじゃ名前の方が泣くってもんだ」
「煩い。黙れ、ゴキブリ女。
その言葉、そっくりあなたに返してあげるわ」
ブリトニー、彼女は蜚蠊型の亜人であった。
しかし虫型といえども亜人となればその外見的は比較的に人間に近いものも多い。そして彼女の種族もその例に漏れない容姿をしてはいるのだから、マージョリーの言葉は不適切といえるただの挑発であり侮辱だ。
「な…………。
お前、ゴキブリを馬鹿にするのか!
ゴキブリってのはなあ──」
蜚蠊型亜人の名誉に懸けてと必死で抗弁を試みるブリトニー。
彼女は自種族のルーツに対する誇りの高い人物のようだ。
だがしかし──。
スパーン!
スリッパ一閃。
マージョリーの足下には仰向け状態で足をヒクヒクさせるブリトニー。
基本的にゴキブリは一般人からは忌み嫌われる生物である。
それをベースにした種族である彼女がエミールをスライムだからと卑下したのだから、エミールに……いや、博士に特別な感情を懐くマージョリーのこの反応も無理はない。
「そうね、ゴキブリに謝らないとね。あなたなんかと一緒にしたことを」
いや、彼女はゴキブリ以上に嫌われていたようだ。
「やれやれね。これだからヒステリー女ってのは嫌になるわ」
いつの間にか現れていたレシスが溜め息を零した。
どうやらこれまでの一部始終を見ていたようだ。
「なによ、もしかしてあなたも文句をつけるつもり⁈」
「ふふ、まさか。
でもそうね、言うとすればゴミはちゃんと処分するようにってことくらいかしら」
マージョリーの睥睨をさらりと流すレシス。その視線はエミールへと注がれていた。
「解ってるわよ、そのくらい。
そのせいでエミールが変な『模倣』するようになるのも嫌だし」
かつてブリトニーと呼ばれた亜人が急速に腐蝕分解されていく。
ふたりの言うゴミとは彼女のことだったらしい。
というか、どうやらエミールが彼女を捕食対象として狙っていたようだ。
「言うことはだいたいそれくらいかしら。
私は私でやることがあるし、その子のことは任せたわよ。
じゃあね、スラ○ン」
「エミールよっ!」
何食わぬ涼しい顔で背を向けるレシスに向きになって応じるマージョリー。
その足下ではエミールがブクブクと佇んでいた。
お気づきかも知れませんが、エミール(Emil)の命名はスライム(slime)を逆さにしてSを取ったものです。
イスラム世界で支配者を意味する称号emīrに因んだってのもあります。スライムのアナグラムはイスラムだし。(笑)




