09 原因は俺、なんだろう、きっと
時は三時間程遡る。
勇者パーティ―の従者の少年が冒険者ギルドにやって来た。
冒険者らしくも依頼者らしくもない少年は慣れた様子で空いていた受付前に立つ。
「冒険者ギルドへようこそ。登録ですか? 受注ですか? 発注ですか?」
貼り付けた笑顔を向ける受付職員に、
「失礼いたします。こちらをご確認いただけますか?」
と同じく貼り付けた笑顔で手紙を差し出した。
宛先はギルドマスター、差出人部分に記載はなく、ただトルエバ国の王城の印が押されている。
勇者来訪の先触れだった。
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
少年はレオン・フィゲロアと名乗り、先程勇者一行がベイティアの街に入り現在は食事中だと語る。
ギルドは事前に取り決めていた通りに対応した。
食事の後は寮の正面玄関から入り、先に滞在用の部屋へ案内、その後ギルドマスターと面会して頂きたいと申し出る。
レオンは嬉しそうに感謝を述べ、それからこそりと言ったのだ。
「それから、職員のルシア様にも同席して頂きたいのです。勇者が調査の同行を希望しておりまして」
予想していなかった内容に、え? と戸惑った職員に、
「同じ名前の方が他にもいらっしゃいますか? 特級冒険者の方で……身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、そんな戦闘スタイルの方だと伺っているのですが」
そんな説明を付け加える。
「……居りますよ。外出中なので迎えに行かせます。ホセ!」
「っい!」
職員の後ろから答えたのはアントニオで、名を呼ばれたホセは返事にもならない返事を残して走り去った。
物凄い怒気である。
それはもう湯気が立ちそうな程だった。
恐ろしくて振り向けない受付職員と、恐怖で固まったままアントニオを見上げるレオンに、アントニオは息を吐く。
「失礼。ギルドマスターのアントニオ・マルティンです。副ギルドマスターのフランシスコを同行させますので、詳しくはまた後程」
他の冒険者に勇者だと騒がせないための事前の取り決めだ。それを無駄にするわけにもいかない。アントニオはその場はぐっと堪えた。
その後フランシスコが勇者一行を迎えに行き、滞在して貰う部屋と食堂などを案内した。
アントニオも本日予定していた仕事はある程度片付けておかなければならない。
急ぎの分は片付けて、振れる物は振るか振る準備をしながら勇者の来訪を待った。
執務室に全員が集合したのは二時間後の事だ。
「お邪魔します。どうも、ミゲル・クエスタです。勇者なんて呼ばれてはいますけど、あんまり自覚はないんですよねぇ」
入室するなりミゲルはふわっとそんな風に挨拶する。
後ろからラウルが咳ばらいをし、
「入室が完了して落ち着いてからご挨拶するところを申し訳ございません。ラウル・ガルシア・フェルナンデスと申します」
本当に申し訳なさそうに続けた。
なにしろ本当に入室しただけで席にも着いていなければ、扉だって閉めてもいないのだ。
「いーから止まらないで入ってよ。扉を閉めて落ち着いてから話を始めてちょうだい!」
ブランカだけは自己紹介はせずに後ろから二人の背を押して入室した。
続くレオンが最後尾のフランシスコに目礼して無事に扉が閉まる。
「ごめんなさいねぇ? ブランカ・ペレテイロです。滞在先のご準備ありがとうございました。落ち着いて過ごせそうで嬉しいです。よろしくお願いします」
アントニオも挨拶をし、一同が着席して言葉を交わす。
「先に魔王城を五階層までは視察してきました。とても体勢が整っていたので驚きました」
主に話すのはラウルだった。
「スタンピード対策の一環ですね。時間稼ぎができれば対応も変わってきますから。魔獣の数や質は定期的に確認と報告をしていますが、いかがでしたか?」
「ええ。報告書通りでした。やはり通常ダンジョンより魔獣の数は多いと思いました。聖女の訪れた地だからでしょうか、スタンピードの兆候は感じませんでしたが……間引きは定期的に?」
「そうですね、片手間程度ですが」
全員に茶が配られ、そこからは事務的な話になった。
武器や防具、回復薬と携帯食糧などの補給、予想される調査期間、研究所への連絡方法や全てにかかる費用、等々。
何度かブランカが補足する場面はあったが、ミゲルは興味もなさそうにぼんやりしているだけだった。
本当に勇者なのか心配になるぼんやりぶりである。
「ああ、茶を交換しましょう」
話の区切り、飲み終えたり冷えたりした茶を見てアントニオが言った。
部屋の隅でひっそりと書記役を務めていた職員が部屋を出て行く。
扉が閉まってからミゲルが口を開いた。
「ルシア、さんは、まだ戻らない?」
どちらでも構わない、そんな声色ではあるが、書記が退出するのを待っていた様にも感じて、アントニオは目を細める。
「そろそろだと思います。なんでも同行を希望されているとか?」
「うん。割り込んで共闘したけど、悪くなかったから。あの戦闘スタイルはどうかと思うし」
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、ですか?」
アントニオの隣に座っていたフランシスコが眉間を指で押さえた。
後でまた親バカ発言だと言われるかな? とアントニオは思う。
ポンポン、と背中を叩いて立ち上がり、席を離れてしまった。
聞きたくもないらしい。
「そう。ぼくが一緒ならあんな回復薬ありきのやり方はさせない」
「……詳しくお聞きしても?」
「いいよ。ぼくも話しておきたいし。多分一体目を倒した後に会ったんだ。腕が再生した直後っぽかった。二体目も同じ手段だったと思う。緑竜の外皮が硬いからかなぁ? 口に手を突っ込んで火魔法って確かに有効だけど、危険性も高いよね? だから一体目はある意味失敗なのかとも思ったんだけど、最初から腕がなくなっても問題ないって腹積もりっぽかった。痛くないか聞いたら痛いって言うけど絶対大丈夫って感じでね。時間もなさそうに急いでて。せっかくの特級持ち、そんな急かすみたいなギルドに置いとかなくてもよくない? ならぼくが貰って行こうかなって。彼女、可愛い顔してるし、ね?」
説明も、言いたい事を言うのも、不得意なのだろう。
ぼんやりと語った内容は、要するにアントニオを非難しているのだ。
「……なんかウチの娘がすまん……」
「え?」
ミゲルがアントニオの発言にびっくりして目を見開いた時だった。
「嘘吐いてすいませんっしたぁぁぁぁぁぁぁ!」
トニが扉から飛び込んできてそのまま五体投地で謝罪した。
ゆっくりとその隣にフランシスコもやってきて、そっと座り込んで、
「隠蔽に加担して申し訳ございませんでした」
と静かに告げて土下座した。
ああ、うん、と、アントニオは再び口にする。
「……なんかウチの娘がマジですまん……」
すべてを察したその瞳に光はなかった。




