07 処理部
ギルド職員ほぼ全員がグルである。
完璧に調整して申し送りされたシナリオは無事にアントニオに受け入れられ、
「せめて依頼数を半分にして二人で行け。安全性が上がるから」
と、ルシアとトニはお小言を頂戴するだけで済んだ。
「正直依頼が目減りしてんのは助かったけどなぁ。商業ギルドの奴らどっさり依頼を寄こしやがった……」
前半は喜ばしい発言であるが、後半にはちょっとイラっとする。
アントニオが目を通して承認印を押す書類が増えるからに他ならない。
通常業務に加えて、ルシアとトニによる大量消化した依頼の後処理に、新規依頼の準備。
自分のせいで増えた仕事もあるし、積極的に働こうとルシアは拳を握った。
もっとも、アントニオ含めなぜか職員も忙しい状態が嫌いではない。
「うぇーい。久々のノンストップ書類仕事かよ、腕がなるぜ!」
否、むしろ好きなのかもしれない。
喜んでテンションがあがる職員がいた。
「うるさいので黙ってください。気が散ります」
すでに書類を手にした職員は殺気立って見えるが心なしか楽しそうだ。
「ギルマス、書類は明日から積みますので、今日だけならのんびりしてもいいですよ」
経理部のお姉さまだけは言葉と笑顔とは裏腹にお怒りの気配。
それでも優しさ半分だろうか。
「移動程度で疲れてねぇよ。爺さんか俺は。そっちこそ無理ぜず手が足りなきゃ報告。 総務部! 勇者対応だけ軽く詰めるから担当決めて執務室に来てくれ。ほら、散った、散った! 午後もよろしく頼む!」
あちこちから了承の声が上がり、アントニオは颯爽と執務室に向かった。
ギルドは今日も平常運営だ。
ルシアも交代時間には少し早かったが業務を開始すべく歩き出す。
受付を通りかかったところでトニがいた。
「あれ? もう仕事っすか?」
「ぼちぼちね。なにかある?」
トニと一緒にルシアを見上げていたマリアがあっと声を上げた。
「ロラが立ち合いで、冒険者説明会中なんだけれど」
なにか心配事があるのか、参加表を見ている。
「ついでだからって声かけた来週十歳になる生活部の子が一人と、十ニ歳と十四歳が二人で来て、で、二十一歳の単独男が一人」
二十一歳で単独の冒険者登録はかなり珍しい。
仕事を首になったとか、自分が冒険者より強いと錯覚してとか、理由は多々あるが、ロクでもないのが多いのだ。
相手が男なら女の職員より男の職員の方が揉め事が起こり難いのは分かってはいても、他の業務の兼ね合いもある。
「ヨンに頼みたかったんだけど、彼、解体課に行ってて」
それなら少し早いけれどトニに、とルシアが言いかけたところで、ドンッガッシャンと冒険者用会議室の扉が吹き飛んだ。
「わぁ。テンプレ……」
マリアが半笑いでつぶやいた。
吹き飛んだ扉には男が貼り付いているが、二人は気にせずに声を揃えてマリアの言葉を復唱する。
「「テンプレ?」」
「型通りとかありきたりとか想像通りとか……ちょ、ロラ! ストップ! ストーップ!」
冒険者用会議室からカツカツと出て来たロラが跳躍して扉に貼りついた男の腹に着地した。
口からなにか噴射しているので生きてはいるのだろう。
マリアはホッと胸をなでおろした。
「ギャハハ! ロラ、ヤリすぎ」
トニは爆笑し、ルシアは、
(アントニオが執務室に行ってて良かった)
と思う。
それだけである。
冒険者用会議室からひょっこり顔を出したのは生活部の少年で、
「登録終わったら掃除しますねー」
と爽やかに笑った。実にギルド慣れしている。
その後ろに立っている二人の少年の顔色は悪かった。
教育部の職員が後ろからそっと肩に手を置いて説明している。
「職員に危害を加えるとああなるからね。納得いかない事を話しあうのはいいけれど、手とか出さないでね? おじさんも凄い怖いんだよ、あのお姉さん」
二人の少年はコクコクと無言で頷いた。
「ロラ、説明部屋使って。トニ、交代引継よろしく」
ルシアはそう告げると冒険者用会議室に向かって歩き始める。
トニははぁいとその背中に返事をし、ロラは片手を軽く上げて扉から男を引き剥がして引きずって行った。
「一番怖いおねぇさんと交代だって。おじさん二人が大人しくお話聞いてくれると嬉しいな?」
教育部の職員はそんな言葉を残して、冒険者用会議室の奥へ姿を消した。
扉がないのでルシアが隠蔽と消音の魔法をかけたのだ。
ちなみに冒険者用会議室から外は見える。
ロラが入り口近くにある説明部屋に男を放り込んだり、職員がどこからか新しい扉持ってきて取り付けているのも見えた。
「冒険者って軌道にのっちゃえば受付と、依頼達成後に解体課と調合課に寄るだけで職員とはあんまり接点はないんだけど……」
怯える二人の少年に向かって説明する。
先程までは二十一歳の男が、ギルド規定を読めば分かる事を説明しやがってと配布した小冊子を叩いていた。
少年二人は釣られて一緒に騒いでいたが、今は大人しく聞いている。
生活部の少年は先ほどまでは空気になっていたが、今は熱心に頷いていた。
「ギルドで一番偉いのがギルドマスターでその次に副ギルドマスター。これは何となく分かるよね? 扉を直してくれているのが総務部の人。直接関わらないとは思うけど、ギルドを壊したりするとすごーく嫌われるから気を付けてね。ほら、直すにもお金がかかるでしょう? 経理部の人がなるべく安くしろって、総務部に大工仕事をさせるから毎度大騒ぎなんだよ。さっき言った受付は営業部で、受付以外にもお客さんを探して依頼を取って来たりしてる。彼らのおかげで君たちに仕事があるし、変わりに納品にも行ってくれてるんだ。感謝の気持ちは忘れないでほしいかな。で、その納品物ってのは君たちが狩ったり採ったりした物のままだとダメな時がある。だから技術部の解体課とか調合課に持って行かなくちゃなんないわけ。勉強したら自分でもできるから、興味があるなら僕ら教育部の講習を受けに来るといい」
生活部の少年がはい! と元気よく手を上げる。
「ぼくは生活部なんだけど、ギルドの掃除とかしてる! それから寮の管理とか! 冒険者でも申請したら寮に住めるから困ったら見学しに来て……ください!」
教育部が微笑ましく頷くのを見て、ひょっとして次はこの人? と二人の少年の目が恐る恐るルシアに向いた。
ルシアは一度首を傾げてから、
「私は処理部です。ギルド内の困りごとに対応します。先輩冒険者に絡まれた時はご相談ください」
にっこりと自分の職務内容を説明した。
「二人とも説明ありがとう。処理部の人はギルド内を歩いているから用があれば声をかけてね。それから説明部屋は冒険者の間では拷問部屋なんて呼ばれてるから招かれない様に気をつけるんだよ? で、そんな我々職員をまとめるのが人事部なんだけど……」
さらりと恐ろしい内容が混ざりつつも冒険者登録説明会は続くのだった。




