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養父に恋する冒険者ギルドの彼女、本日の業務も力業で解決!  作者: 弓軸月子


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05 報告連絡相談(ほうれんそう)


 その頃のギルドでは、ルシアが危惧した通りにマリアが絡まれていた。


「このギルドの黒髪はテメェだけみてぇだな?」


 そう言って男が持ったナイフの切っ先をマリアの鼻先に向ける。

 ナイフの先端に焦点が合い、黒目が寄ってしまったが、マリアに慌てた様子はない。


「冒険者ギルドへようこそ。登録ですか? 受注ですか? 発注ですか?」


 貼り付けた営業スマイルで返せば、


「舐めてんのか?」


とナイフを受付カウンターに突き刺した。

 テーブルの修繕費も見積をもらわないと、とマリアは思う。


「登録の場合は十四時からの講習会にご参加ください。受注の場合は依頼票と冒険者タグをご提示ください。発注の場合は発注依頼書のご記入をお願いします」


 定型文句の途中で男の手はマリアの胸ぐらに伸びた。

 引かれるままにマリアは立ち上がり、受付カウンターに片手を付きながら続ける。


「登録ですか? 受注ですか? 発注ですか?」


 ルシアが制裁を加えた相手ではなさそうだ。仲間だろうか?

 大人しく冒険者タグを見せてくれたら対応は違ったのに、とマリアは残念に思う。


「っざけやがってっ!」


 殴ろうと振りかぶった腕をぐしゃりと上から踏みつけて地面に縫い留める。

 マリアの隣に立っていたトニが飛び上がり、腕の上に着地したのだ。


「ッアァァァァァァ」


 絶叫がギルド内に響いたが昼の時間帯は人が少ない。

 騒ぎにはならずに人目が集まる程度で、見せしめには最適だ。

 受付カウンター側から斜めに踏みつけたので、マリアからは見えないけれど、骨がどうにかなっている音が耳に届く。

 マリアは、うわぁ、と多少の恐怖を感じたが、今後の自分を守るためだと目を逸らした。

 噂は曖昧にして大げさに広がる。

 ギルド職員に手を出すと酷い目にあう。その酷い目がどんな内容で広がるのかは知らないが、安易に手を出す冒険者が減るのは確かだ。

 定期的にこういう事が起きないと忘れて絡んでくる。

 困るのは受付職員だ。

 きっちり職務を果たそうと、乱れた襟を正した。


「ギルド規定をお忘れですか? ギルド職員への暴行・暴言及び著しく業務を妨害した場合。制圧の後に罰金または奉仕活動または冒険者資格を取り消す場合がございます」


 受付カウンターから覗きこむ様に言ったマリアの言葉に、男の顔がわずかに動く。

 トニが乗っていた腕から足を退けて、


「止めようと飛び出したんだけど、目測を誤っちゃった。ごめんごめん」


ドボドボと頭から回復薬をかけた。

 言葉の内容と満面の笑みに、ギルド内にいた人々は狂気を感じる。

 そんな視線に、失礼な、とトニは思う。

 ただの演出だから成功ではあるけれど。

 確かに酷い行動に見えるかもしれないが、トニとしては親切心も含んでいるのだ。

 涙も涎も隠してケガまで治して。


(実力差分かんなくて抵抗してくれたらもう一回折り直せるし、ね?)


 失礼でもなんでもなく、疑う余地のないただの狂人である。

 トニにとっては残念ながら、ある程度の実力があるからこその横柄な態度だったのだろう。

 当然ながら実力差も理解できた。

 男はノロノロと起き上がり、マリアへ視線を向ける。

 まずは謝罪か、と口を開きかけた時、騒がなそうだと判断したマリアが先に口を開いた。


「罰金になさいますか? 奉仕活動になさいますか? 冒険者を辞めますか?」


 再びの貼り付けた営業スマイル。

 仲間から聞いた”意味が分からない怖すぎる職員”はこの女で間違いない、と確信する。

 マリアに聞けば違いますと全力で否定したが、男にそんな余裕はなかった。

 貼り付けた営業スマイルに揺らぎはなく、傍らに立つトニもこちらを見降ろして笑っている。

 この女に限った話ではなく、このギルドの職員全員に当てはまりそうだと、震える声を絞り出した。


「ば……罰金でお願いします……!」




***




 日付が変わる頃、ダンジョンから出たルシアをトニが待っていた。


「……おつかれさま?」


 首を傾げるルシアは魔獣の返り血で薄汚れている。

 トニは濡れタオルを差し出しながら説明した。


「お疲れっス。早番終えて仮眠したんで、引き抜いた依頼票を片付けがてら寄ってみたんすよ」


「そう。ありがとう」


 ルシアは短く答えてタオルを受け取ると顔を拭きはじめる。

 汚れのついでに化粧も取れ、まだらに白くなっている地肌が見えた。

 色素異常による白斑で、生まれつきの先天性か、後天性かは本人にも分からない。

 なんでも産まれた時に魔力の放出異常もあったそうで、それが原因の可能性もあるらしい。

 今は剃っている髪も伸ばせば全て白髪だ。

 小さな頃はデリカシーのない冒険者に老婆みたいだと揶揄われたりもしたが、アントニオがぶん殴って黙らせた。

 大きくなってからはルシア本人がぶん殴って黙らせている。


「そういや例の冒険者、本人は来なくて仲間が来ましたヨ」

 

 休憩の流れだったのでトニはそのまま昼間の報告をした。


「……って感じだったっす」


「マリア、怪我は?」


「首がちっとばかし赤くなってたっすね。俺が上がる時には元通りでしたけど」


 むっと尖らせた口元が、もうニ、三本折れば良かったのにと物語っている。


「マリアから伝言っす。罰金で決着。始末書と罰金、修繕費に慰謝料と回復薬代も上乗せして頂戴したのでご心配なく」


 マリアに似せた声色にルシアは笑った。

 とても似ているのだ。


「安心した。こっちは順調。残り二枚」


 依頼票をトニに手渡しながらすぐに終わる内容だと説明する。

 ただ、荷物を預けているので終わっても朝にならなければ帰路には付けない。

 昼前ギリギリの帰還になりそうだった。


「んじゃ、引き継ぐんで帰っていいっすよ」


 ぱらっと依頼票を確認してトニが言う。


「これなら余裕っす。依頼こなして、荷物取りに寄って、交代時間前にもう一回仮眠取れんじゃないかな。先輩も戻って仮眠取れるし風呂も入れるっしょ? 薄汚れってっとギルマスにバレるし、綺麗にして会いたいっすよね?」


 ニカっと笑うトニにルシアは感動した。


(いい人!)


 コクコクと頷いて、早速引き継ぎを始める。

 荷物を預けた場所を地図で教えた後、ついでとばかりに回復薬を取り出した。


「私物の回復薬。お守りにあげる」


 ポンと渡されたのは最高級回復薬だ。

 無くなったコートの袖を見て、その腕が一度無くなっているのだと想像がつく。


「バレたらギルマスまじパねーキレかたすんじゃないっすかね。はしゃぎすぎっすよ」


 ルシアはそっと口元に指を立てて言うのだ。


「だから、内緒」


 (可愛いなぁ)


 トニは思う。

 年下の先輩で、ギルドマスターが義父で、戦えば叶いそうにもないけれど。


「あ!」


 別れ際にルシアが声をあげるのはよくある事だ。

 なにか一つ忘れ物をして必ず思い出す。


「なんすか?」


 割と致命的に忘れてはいけない内容なんだよな、とトニは警戒して聞いた。


「勇者に会った。ギルドにも来るって」


 勇者レベルでも忘れちゃうんだなと、トニは眉間に指を置いて嘆息するのだった。

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