46 アントニオは会話をする
「歯がねぇから喋りにきぃわ。ちょい待って」
男は気だるく返事をしたが、歯がない割には聞きやすかった。
アントニオと同じく上級回復薬で治療が施されてケガは完治している。
失った部位に関しては聖女の作る最上級回復薬でなければ治せないから歯は無いままなのだ。
アントニオも手首から先は無くなったままである。
この場所には無いだけで慌てる必要はないとばかり、二人とも気にした様子は見せずに、極めて普通に色々と要求した。
程なくして用意された最上級回復薬で完全回復。
用意された服に袖を通し、用意された食事を摂り、用意されたアンが、用意した茶を飲み始め、
「んねぇぇぇぇぇぇぇ? いつまで無言なのぉぉぉぉぉぉぉ?」
マヌエルの我慢が限界を迎える。
ここまで会話という会話はなかったが、双方が単純に、落ち着いてから話そうと思っていた。
短気なのか? と顔に書いた二人はマヌエルを暫く見つめてから、視線を茶に戻し、一息で飲み干す。
「酒じゃねぇのが残念だな。ブルーノ・ブロックマンだ。諜報部の確か管理官、だったはず」
「呑むには早くないか? トルエバ国冒険者ギルドベイティア支部、マスターのアントニオ・マルティンだ。こっちは同所属で処理部のアン。まぁ、知ってるか」
「こっちにも返事をしなさいよぉ! 血圧! あたしのっ! 血圧が! 心配っ! あ、アンさんだっけ? ごめんなさいねぇ? 王宮魔導開発室室長のマヌエル・アソリンです。ええっとぉぉぉ? 元オスコリダの子なのかしら? あたしも壊滅戦には参戦していたのだけれど、かなり早い段階で離脱させられたのよぉ。だから、あなたの誰かの仇ではないと思うし、そうねぇぇぇ、あなたに負ける気も全っ然しないのね? そんなわけだから仲良くしてくれると嬉しいわ?」
「……はい。よろしくお願いいたします」
「そういう教育はしてねぇよ、クソじじぃ」
「お前は正体を隠すつもりはないのか?」
「そう探んなよ、面倒くせぇ。年齢が微妙だったが一応、諜報部の施設には暫くいたぜ? そいつと、そいつの男版」
「ああ、なるほど」
「さて、と。そんじゃあ説明しつつ謝るか。クソじじぃ、消音張ってよ」
「もぉぉぉ! あたし王宮魔導開発室室長なのに!」
マヌエルがひと吠えすると、パンと空気が変わった。
ルシアも気軽に行うのでアントニオに驚きはない。
静かな分ルシアの方が腕が良さそうにさえ見えた。
王宮魔導開発室に就職する未来も穏やかで悪くなさそうだ。
アントニオは口の端を少しだけ持ち上げる。
それほど甘い職業ではない。ただの親バカ志向である。
「どっから話すか……」
ブルーノは腕を組み、顎を撫でながら話し始めた。
「あんたの家族についても説明しておくか。貴重な世界各国の情報ルートの一つだったな。情報操作、世論誘導なんかでも世話になったし、良い関係だったと思うぜ? 都合が悪い情報なんか漏らさなけりゃいいし、漏らしたバカが悪い。オスコリダを騙る小物が自分の情報を守りたいがために殺したんだろうな。オスコリダがそれを命じた事は一度もなかったよ」
アントニオはじっとブルーノを見て微動だにしない。
「オスコリダを絶対の正義……上層部を神格化してる連中と、ただただ気が狂った連中と、そもそもオスコリダでもなんでもない連中と、とにかく内部はぐちゃぐちゃだった。上層部が解散を決めて、話が通じねぇ構成員を消すのに選んだのがたまたまボルソバで、たまたま冒険者ってな。ははっ」
つまりは自作自演だったのだ。
「話が通じる連中は別件で他国に潜伏が多かったかなぁ。後はしれっと冒険者」
「マヌエルの所のゼナイードと、ダフネとドローレス?」
「なんだ、分かってんじゃねぇか。ついでにあんたはお姉さまの推薦だぜ? 当時は諜報部とズブズブだったからな」
ククク、と喉を鳴らしてブルーノは笑う。
「オスコリダに加入した記憶はないが……」
反対にアントニオは眉間にシワを寄せた。
「てめぇが信用できる駒が必要だったんだろ? 幸せな話じゃねぇか」
そう言うブルーノの顔は穏やかで、上層部を神格化してる連中の一人なのだろうとアントニオは思う。
認められたい、信用されたい、承認欲求のようなもの。
ルシアにもそういう一面があった。
「諜報部にいたから残党狩りにも参加できたし、顔分かってるからヤリ放題。それまでの鬱憤がこう、パッと晴れたよな」
話が通じるただただ気が狂った連中の一人だったかもしれない、とアントニオは思い直す。
「世界各国に散らばる程は人数が居ねぇからさ、あんたの家族とか、話の分かる冒険者とか使って、何とか元の状態まで情報が巡りだして、まぁまぁ順調にやってたんだよ。諜報部を拠点にな。それがなぁ……。聖女と勇者、あれだよ。良い悪ぃも、変わるだろ? 世情」
聖女が居なければ儲かっていた組織は聖女を恨み、勇者が居なければ儲かっていた組織は勇者を恨む。
世界平和を叫びながら、可能な限りその場に留めて己の安全を確保する。
「神格化された上層部なんざ育て方ありきでさ。環境が変わってんだ、元通りにはなんねぇわな。ぼちぼち真剣に諜報部内の元オスコリダも殺しとこうと思ったんだが人員不足でな。ルシアを利用すれば自動的にあんたが来るから協力してもらえって、あんたのお姉さまが言うから、マジかよと思って」
オスコリダにルシアが巻き込まれたのではなく。
オスコリダにアントニオを巻き込むためにルシアを利用したのだと。
ブルーノは一度笑った後、ギリッと奥歯を鳴らす。
「ダフネとドローレスを聖女に付けたのは、その時に都合の良い場所に移動させるためで留めるためじゃない。耳飾りだけ壊して、ルシアを移動させた後、普通に合流させるなり、耳飾りが壊れた連絡を聖女に入れさせる予定だったんだ」
だからアンも協力し、その後の情報に混乱と絶望を感じていたのだ。
マヌエルがふぅとため息を吐く。
「おかげで相談するまでもなくブルーノ以外の元オスコリダだけきっちり片付いたんだから、そこそこ冷静だったのよね、アントニオちゃん」
「問題ないのは殺しちゃダメだろ」
「どういう倫理観なのぉぉぉぉ!」
「話が進まねぇからクソじじぃはちょっと黙っといて?」
アントニオの倫理観ではここまではブルーノが謝る話ではなかった。
変わった倫理観の持ち主である。
「潜伏してた上層部がいたんだよ……」
ブルーノはちょっと遠い目をしてそう言った。
「壊滅戦の前に死んだって聞かされてたんだ。さすが神格化されるだけあって上手なんだよなぁ、なにもかもが。潜伏先、どこだと思う?」
アントニオは薄っすらと伸び始めた頭部をザリザリと撫でながら吐き出す様に回答した。
「神殿」




