42 ヤる気は十二分
緊急招集の鐘は鳴れど慌てるギルド職員はいない。
各部署の代表者は無言で移動を始めた。
それ以外の勤務時間外だった職員もそれぞれの部署室に向かっている。
「寝てる職員いたらいったん起こして! スタンピード発生だって! 第二トラップ発動済みだって!」
先だってフランシスコから指示が出されたのか、業務棟から戻って来た職員が大きな声を出していた。
ダンジョン魔王城の周りには五つのトラップがある。
第一トラップは落とし穴だ。
単純に、入った数より出た数が多いと発動する。
穴の対岸に第一トラップ発動中の看板が建つので、冒険者の事故防止対策も万全だ。
なにかが落下すれば、その衝撃で街道門兵士詰所と冒険者ギルドに通知が入る。
どちらかの職員が直接確認し、スタンピードと判断できれば、第二トラップの壁を手動で設置するのだ。
招集理由が分かったルシアは少しだけ歩を早める。
「あり得ねぇよな?」
トニは歩調を合わせて隣に並んだ。
処理部はルシアが代表ではあるが、現在トニとの行動が義務付けられている。
それなら同行しても問題ないだろう。
「無い。人為的」
先日までは勇者が、間引きを超えて殲滅の勢いで魔獣を倒しているのだ。
深い階層迄入り込んで、魔獣寄せの香でも炊いて集めない限り、起こらない。
(早めに離れた方が上手く回る、はこれかな。勇者がいたら対応されちゃうから、いなくならないとダメで。ああ、そう言えば、)
ルシアは思い出す。
『魔獣を見たら倒さなくちゃと思うし、湧きそうな所に行きたくなるんだよねぇ。呼ばれてる感じ?』
(そんな事を言っていた、ような気がする)
それなら朝の段階で呼ばれている感じでもしていたのだろう。
そして残りたくとも残らなかったのなら、
(ウチのギルドなら問題ないって事ね)
ルシアはふんふんと頷いた。
「ガチで嫌がらせでスタンピードだったらさすがに引くんだけど……」
トニはなんならもう引いた顔で言う。
「……嫌がらせ、四人分なら、あり得るかも」
ルシアにアンとトニ、すでに何かをしたアントニオ。
「……だったらギルマスがますますはしゃぐな」
間に合わないと見越してかもしれないので、それはどうだろうとルシアは首を傾げる。
忠告で済ませたのにやっぱり壊滅させてくると、また出かけてしまうかもしれない。
(だと、困るな)
心配も、気負いも、なにもなく、ただ目の前だけを見て、ルシアは業務棟の扉を開けた。
「経理部は先に物資確認を始めてください」
フランシスコが遅番の職員に指示を出している。
「承知しました。スタンピード発生、第二トラップ発動済み」
「そろそろ冒険者も集まってきますから、営業部と人事部で対応の準備をお願いします。それから階級で振り分けを」
「了解。冒険者用会議室と説明部屋を使わせてもらうぜ。スタンピード発生、第二トラップ発動済み」
「ああ、すまない、生活課に応接室と会議室を一通り確認するように伝えていただけますか? 避難民とお偉いさんがいらっしゃるかもしれないので」
「はーい。毛布とかの物資は人が入ってから必要であればで良いですよね? 準備しておきますね! スタンピード発生、第二トラップ発動済み」
後から来た職員にも伝わる様に、出て行く職員は誰に言うでもなく状況を声に出していた。
「スタンピードだって!? 冗談じゃない!」
当然、受付付近にいる冒険者にも聞こえており、一部の冒険者が騒ぎ始めている。
地元の冒険者が騒ぐわけがないので、またカサス出身の冒険者かと、受付職員はうんざりとしていた。
タッとルシアは受付を飛び越えて、騒いでいる冒険者を床に叩きつける。
「スタンピードと聞くだけで恐怖を感じて騒ぐなら向いていないのでしょう。今すぐ冒険者タグを返納して誰かに庇護されて過ごされてはいかがですか?」
大声でもなかったが、ルシアの気迫に、冒険者たちは静まりかえった。
そこに非番だったマリアが受付から顔を出す。
「冒険者ギルドへようこそ。本日スタンピードのため通常依頼は停止しております。六級以上は街道門、五級以上は街道門外での活動です。ダンジョン探索と同じ手続きをお願いいたします」
ダンジョン探索の手続きは探索者の冒険者タグと予定の確認、帰還予定日の報告、そして帰還報告までだ。
受付の外に出ていた遅番の職員も、受付の外側からマリアの横に並ぶ。
「状況によっては死亡時の本人確認が出来ません。必ず冒険者タグを職員に見せ、配置場所を確認してください。帰還予定日はスタンピードが終息した時です。ですから予定日の報告は不要ではございますが、」
これから集まってくる冒険者をすべて確認しなければならない。
営業部にいるすべての受付担当が駆けつけ、全員並んだ。
「出来ましたら本日中の解決をお願いいたします」
ザっと音が聞こえる程にそろった敬礼に、
「だったらサッサと手続きしな。ウチは全員参加だ」
上級冒険者が一歩前に出て冒険者タグを投げる。
「イツィアルさん! わぁ! 愛してます! 結婚して!」
受け取った女性職員が嬉しそうに処理を開始した。
冒険者の方は問題なさそうだと、ルシアはようやく騒いでいた冒険者を解放する。
それから、
「副ギルドマスター!」
さすがに外出禁止とは言わないでしょう? とフランシスコを見た。
はぁ、とフランシスコはため息を吐き、
「処理部はホセだけ残してください。後はお好きにどうぞ」
と手を振って、指示出しに戻る。
「街道門付近の住人は領主邸に避難ですね。門兵は必要最小限を残して避難誘導だと思います。冒険者と交代させてください。兵士相手なので、人事部か営業部で誰か出られますか?」
バタバタと職員や冒険者が走り回る中、いつの間にか処理部の面々も集まっていた。
いつもならアンかトニが差し出してくる装備品を、何故かカルメンの執事が差し出してる。
「?」
「マリア様よりご発注いただきました小型クロスボウという製品です。納品に伺いましたところこの騒動でございましたので、僭越ながら」
相変わらず絶妙な気配の消し方だったので、ルシアはちょっと驚いた。
弓矢を半自動化した武器らしく、執事は手早く弓矢無しで使ってみせる。
うん、使えそう、とルシアは受け取って礼を告げた。
「カルメン様は?」
「これからお迎えに行きまして、ギルド内に一室ご用意いただく予定でおります。街道門へも遠距離武器を届けておりますからご活用ください。ご武運を」
執事はそう言って颯爽とギルド出て行った。
執事さんも戦闘に参加したっていいんですよ、とも思ったが口には出さない。
さて、と、ルシアは処理部の職員を見渡した。
「ホセはギルド、よろしくね」
「承知しました」
「私とトニとロラで先頭。遠距離組はリタと街道門ね。防衛組はヨンと、行動不能になった冒険者がいたらフォローして。……お願いします」
「はーい」
「っす」
「じゃ、行きましょうか」
口角が持ち上がったのはルシアだけではない。
ギルドを出て行く処理部に、
「無事なお帰りをお待ちしております。行ってらっしゃいませ」
と、受付のマリアはそっと頭を下げた。




