41 あっけない見送り
翌日の早朝はヨランダの見送りに馬車寄せに集まった。
ヨランダの耳には、制作したばかりのルシアの瞳の色をした石が輝いている。
前回は耳飾りの破壊で依頼が発注される仕組みだったが、今回それは変更されていた。
分割されたもう片方の魔石が発熱して知らせる仕組みである。
その石は昨日ルシアに渡されて、今朝は首にぴったりと巻かれていた。
耳飾りでは紛失しても気が付かないし、手足は当たり前に犠牲にするから指輪、腕輪、足輪も却下。
では首飾りでは、となったが、試しにぶら下げてみると邪魔に感じたのだ。
最終的に長めの紐に魔石を取り付け、適当に巻き付ている。
昨日はギルド内勤務なら腕でもいいかもと腕に巻いていた。
楽しんでくれてなによりと、ヨランダは目がなくなる程の笑顔でそっとルシアの首元になる魔石を撫でる。
「ルシア、お似合いです。また来ても良いですか?」
ルシアもそっとヨランダの耳元の魔石に触れた。
「ヨランダも似合ってる。来てももなにも、それはただの里帰り」
出立前の美しい光景に見せかけての、魔道具の最終確認である。
教会からの従者は荷物を馬車に積み込みつつ、その光景を微笑ましく視界に入れていた。
勇者パーティ―はブランカのおかげで身軽で、レオンだけがせっせと荷物を運んでいる。
「ぼくらはさ。近い内に戻ると思うんだよねぇ。だから、まぁ、さくっと? ちょっと行ってくる、くらいの感じ?」
ミゲルはまだ眠いのか、働くレオンをぼんやりと見ながらそんな事を言った。
「いや、見てないで、手伝ってやれよ……」
護衛の冒険者が、挨拶早くない? と傍らを通り過ぎる。
「……早いの?」
ヨランダともすでに挨拶を交わしたが、確かにまだ荷運びの最中だ。
首を傾げるルシアに、
「むしろギリギリなんじゃない?」
とミゲルはラウルへ視線を向ける。
フランシスコと最後の挨拶らしきものが終わった所だった。
あ、そろそろ? とブランカが近づいてくる。
ずわっと、何もない空間から取り出したのは巨大なベッド。
寝具はベッドフレームから落ちないようにかロープで固定されている。
この場に似つかわしくもなく、唐突だった。
「ヨランダちゃ~ん、ちょっと乗ってみてくれる?」
「え? あ、はい。これに、ですか?」
ヨランダが小走りに近づいてくる。
ミゲルは欠伸をしながらルシアに抱き着いて、耳元で言った。
「早めに離れた方が上手く回るっぽいからちょっと急ぐね。夕方からかな。多分。本当は残りたいんだけど、それだと間に合わなくなっちゃいそうだからさ。だから。頑張ってね。また、ね」
ポンポン、と背を叩き、ミゲルはベッドに向かって歩く。
ベッドの上ではヨランダが、ブランカに言われるがまま固定された寝具に無理矢理入り込んで笑っていた。
「出発前に何をなさっているのですか」
ラウルもにこやかにベッドに向かっている。
「昨日用意したのよ。耐久性は問題ないけれど、寝心地ばかりは実際寝てみないとね」
ブランカが答えながら乗り、ヘッドボードを掴んだ。
耐久性は確認したんですね? とラウルもベッドへ片足を乗せ、フットボードに手を置く。
教会からの従者は仲の良い風景に見えたのか、微笑んでいる。
フランシスコだけが顔色を悪くしたが、なにか言おうとしてすぐに諦めた。
「そっちダルそうだし、先行くねー」
ミゲルが用意された馬車に向かって手を一振り。
「予定しているルフ便の乗り場で合流しましょう」
ブランカもぱちりと片目を瞑って手を振った。
「へ?」
理解できない馬車周辺の面々を置き去りに、ミゲルは軽くベッドを持ち上げてぶん投げて飛び乗る。
落下が始まる前にラウルが最大出力の風魔法を放った。
幸いベッドは上空にある。
地上に影響はなかった。
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
超高速で見えなくなったベッドと、遠のいて行くヨランダの悲鳴。
教会の従者はポカンと口を開けて周囲を見渡した後、卒倒した。
***
卒倒した従者は荷馬車に積み込まれ、残った面々は予定通りギルドを出発していった。
解体課の職員が何かを持たせていたが、気にしてはいけない。
気にしてはいけないが大型魔獣用の何かではないことをそっと祈った。
レオンに憤りや不安は見えなかったので、まぁ予定道りだったのだろうと、ルシアは思う。
そのままルシアとトニは早番の勤務に就き、ギルド内を巡回しながら話をした。
ミゲルの声は小さかったが、トニはきちんとその内容を把握していたのだ。
「俺んトコに新しい案件か、殺しにか、嫌がらせか、その辺?」
今回の件はアンの案件だったらしいとは二人の共通見解だ。
どちらにも情報は来ていなかった。
依頼ではなく案件と表現しているのは、請ける請けないの選択肢がないからである。
断ればありとあらゆる嫌がらせをしてくるのだ。
行きつけの食堂を燃やしたり、言葉を交わした順に殺してみたりと嫌がらせで済ませるには非道な所業。
精神を削ってずっと対応するよりも請けてしまった方が早い。
合理的といえば合理的かもしれないが、つまるところどうかしているのだ。
普通に過ごしてはいるが、一度オスコリダに関わってしまった以上、普通には戻れない。
現在のオスコリダは、残党がいくつかの少人数組織として、細々と活動している状態だ。
それぞれつながりはなく、しかし、どこに誰がいるのかは把握している。
ギルドに所属していれば案件が来る事は少ないが、国関係のあれこれになるので非常に厄介ではあった。
それでも、案件がない時にも、知っていて損はない情報があれば惜しみなく流れてくる。
その情報は早く、助かる事も多いのだから、悪いことばかりでもない。
今回のトニは詳細を伝えられず、その場限りの突発的な案件だった。
本当はアンが同行する予定だったのだろう。
二人にとって内容はどうでもいいのだが、一言欲しかったな、とは思った。
もっとも二人ともアンの立場になれば言わないので仕方がないとも思う。
それに、アントニオはルシアがオスコリダに関わることを良しとしない。
一切の容赦がなくなるのだ。
アントニオに関する書類に不備はなく、書面通りに行動している証拠も揃っている。
その間のどこかで、壊滅とまではいかなくとも、組織に一言物申しているはずだ。
(ウチの娘に関わるな、かもしれないけれど)
その考えはルシアを少し落ち込ませもするが、そういうところが好きなのだとも思う。
「……なぁ、ルシア」
勤務を終え、食事をし、それぞれの部屋へ別れる段になってトニは言った。
「勇者が人と戦えないなら連中の脅威にはならないよな?」
足を止めたルシアに、トニは続ける。
「残りたいけど、間に合わないから急いだんだよな? なにに間に合わないんだ?」
またなにか大切な事を忘れているのだろうか。
ルシアが思い出そうと首を傾げた時、ギルド内に緊急招集の鐘が鳴り響いた。




