39 私のためにケンカはやめ……なくてもいいです
結局、全員が執務室に集まるまでフランシスコの手が空く事はなかった。
会合をしていた他ギルドの職員と入れ替わりで執務室に入る。
フランシスコは最初にアントニオの不在を告げた。
それから自分が代理で対応する旨を謝罪する。
けれど。
集合が早すぎたのか書類の片付けが追い付いていない。
着席を勧め、職員が茶の用意をと退出したのを見て、ミゲルがゆっくりで平気だとフランシスコに声をかけた。
恐縮です、と机上の書類を凄い速さで並べ直すフランシスコに、
「出張、どこ?」
とお構いなしにルシアは尋ねる。
「ボルソバ国へ二泊三日の予定でしたが、帰国日に冒険者ギルド総本部に集合になったんですよ。ルフ便を使った方が早いので、こちらには戻らずそのままですね。定期連絡は入っていますから、気になるようでしたら後ほど確認してください」
フランシスコはまとめた書類にメモを挟みつつさらりと告げ、書記係の職員に手渡した。
「ボルソバのギルマスはギルドに居たけど?」
ルシアは唇を尖らせて不満そうに返す。
国のあれこれでギルドマスターが召集されるのは理解できるが、会いたかったのだ。
本人に自覚はないが、今回の件は精神的な負荷が大きかったのかもしれない。
具体的になにかあるわけではないが、ただ会いたい気持ちがある。
フランシスコは引き出しから召集状を取り出し、ルシアに向けながら説明する。
「通達はギルマス召集で会議は下記日程通りに開始、なんですよ。調整できない予定があって取り急ぎ副ギルが向かったのではないですかね。予定が片付けばギルマスも向かうでしょうから、いずれにしても、ですよ」
何れにしてもしばらくは会えなかったのだと言外に告げながら、眉尻を下げて慰める様に続けた。
「アントニオも心配していたので会いたかったでしょうね。戻ったら二人でニ、三日休暇をとってください」
むぅ、と小さく不満を漏らすルシアに苦笑いを浮かべる。
ルシアの不満の中に、フランシスコこそ休んでいない、そんな内容も含むのだ。
すっかり片付いた執務机に、今度は今まで届いた報告書を重ねてフランシスコは立ち上がる。
「職員との雑談、お耳汚し失礼いたしました。皆さまにも休息をとって頂きたいところではありますが、もう少々残務処理にお付き合いください。宜しくお願いいたします」
始まった話し合いは報告会に近い。
報告書では理解しきれなかった部分をフランシスコが質問し、ラウルが回答していく。
時折誰かが補足を入れる場面もあったが順調に進んだ。
最後に各々の今後の動向。
明後日の朝にはヨランダが、教会の本拠地があるリナレス国へ向かう。
勇者パーティ―もヨランダの護衛として同行し、リナリスでミゲルの出身国であるエルナン国の使者と合流する。先方が顔を合わせての報告を希望したらしい。
トルエバ国周辺の調査はまだ済んでいないので、話し合いが終わればまたトルエバに戻ってくる予定だと告げ、
「絶対、とは言えないのですが」
と付け加えた。
ラウルが困った顔を向けたのはミゲルへだ。
けれどミゲルはひらひらと片手を振っただけで特になにも言わなかった。
なにか思う事でもあるのだろうかと、全員が視線を向けたが、欠伸をかみ殺している。
眠くて話を聞いていなかったか、理解していないのどちらかだろうと、全員視線をフランシスコへ戻した。
ルシアとトニには通常業務への復帰と、外出禁止令が出る。
「二ヶ所同時に何かが起きても対応が間に合いません。ですから一緒に行動してくださいね」
ギルド内は現在二人一組で行動中なので不自然ではないが、理由には納得がいかない。
二人からの不満の視線に、フランシスコは大きめにため息を吐いて眉間を揉んだ。
「とにかく。お二人の件は私の手には余ります。大人しくしていてくださいよ?」
「……体、鈍る」
「良かったですね、お相手がいて。訓練場は壊さないでくださいね。首輪か腕輪、どちらがいいですか?」
差し出された二種類の選択肢は犯罪者用逃亡防止魔道具。
ギルドの外に出ると警告音が鳴り、気絶するまで雷に撃たれる。
受付嬢マリアの開発品で、国境警備や王宮で人気の商品だ。
紛失防止スタンガン。
ちなみに性能の狂暴性にマリアの意思は含まれていない。
「信用がない」
ルシアは唇を尖らせつつ腕輪を取り、トニも無言で腕輪を取った。
「腕を切り落して外さないでくださいね」
フランシスコの注意に二人同時に小さく舌打ちをするのだから信用など欠片もない。
ブランカが発動している所を見たいわと瞳を輝かせた。
ラウルがそんな事を期待してはいけませんよとたしなめる。
ミゲルが移動前にルシアと出かけたかったのにとしょんぼりした。
ヨランダが確かにそうですねと神妙に頷いて、腕を切り落してすぐに治しましょうかと提案する。
相性が良いのか悪いのか、なんだかやらかしそうな面々だった。
フランシスコは代理中に問題が起きません様にと顔には出さずに神に祈る。
そんなフランシスコに、レオンがそっと近づいた。
「悪気はないのです」
「あってたまるか!」
小声ではあったが確かにそれは叫びであった。
***
深夜。
ルシアとトニは受付の奥で書類を眺めていた。
処理部の人手不足を労働時間を増やしたり、別部署の武闘派職員を借りたりで対応をしていたらしい。
本日の深夜勤務も別部署の職員だったので、それならばと交代を申し出たのだ。
二人とも体力的な問題はなく、部屋にいた所でやる事もない。
不在中の日報や報告書から始まって、通常業務には不要と思われる見積書や納品書にまで目を通した。
ルシアが最後の書類をトニに回し、読み終えた書類を棚に戻し始める。
読み終えたトニも立ち上がって積んだ書類を手に取った。
特に話をしなくても問題のない二人であるが、なにやら重たい空気を感じ取って他の職員まで黙っている。
片付けたら営業部が作り終えた依頼票を貼り出して、その前に見周りか、とルシアが片手を差し出した。
その手にトニが持って来た資料を置いて通り過ぎる。
(普段が普通ではないのか、今が普通ではないのか、どちらとも言えないけれど)
棚に資料を片付けながら、ルシアは先ほどまで目を通していた書類を思い返す。
出来過ぎない、丁度良く正しい、いつも通りの書類。
「トニ」
ギルド内の見回り用ランタンに火魔法を発動していたトニが顔を上げた。
すべての感情が抜け落ちた、後から思い出そうと思っても思い出せない、そんな顔をしている。
アントニオが出張用に準備した回復薬の中には聖女の回復薬も入っていた。
通常の出張で持ち歩く量ではなく、二人分。
「アンは、生きてる」
「……いや、どうだろ? ギルマスが盾にでも使って今頃死んでんじゃね?」
トニは暗く笑った。
(どうせアンは道案内だろ。あのおっさんなら、ルシアのために組織の一つや二つ、潰す)
何故か頬を染めて、ルシアは訊く。
「……襲撃、してると思う?」
「するだろ、普通に」
「……愛されてるって事で、良い?」
どうしてそこでそうなるのか。
トニは正真正銘の素の自分で突っ込んだ。
「喜ぶな。普通にヤベェから。少しは落ち込め。そんで心配しろ」
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お読みいただきありがとうございます。
すっかり出遅れましたが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。




