38 相変わらずなホーム
「おかえりなさい。大変でしたね」
出迎えてくれたのは勇者パーティーの従者、レオンだった。
他ギルドの御者と職員には営業部の職員が対応し、生活部の職員が荷運びを手伝ってくれている。
ヨランダにも部屋が用意されており、急場しのぎの従者として、教会から女性が一人送り込まれていた。
「一度お部屋で身支度を整えて、お食事をしてから執務室に集合しましょう」
恐らくはその間に他ギルドの職員と会合を済ませるのだろう。
ルシアはアントニオの手を煩わせてはいけないと、今すぐ執務室に向かいたい気持ちをグッと堪えた。
ルシアにもまだ一仕事残っているのだ。
今だウシュエのままのルシアは、寮の一階にある待合室で一度待機しなければならない。
ヨランダとミゲルたちが用意された部屋へ向かうのを見送ってから、トニと二人で待合室に入る。
「お疲れさま」
恐らくルシアの真似をしているであろう男性職員が待っていた。
何のことはない、かつらを装着しているだけの話である。
遠目に見て何となくルシアっぽければそれで良いのだ。
いつもであれば噴き出して揶揄うトニは無表情に依頼書を取り出して、
「先輩お疲れさまです。これが依頼書です。依頼完了手続きしておいてください。じゃ、俺は部屋戻るんで。ウシュエ様、お世話さま」
などとまるで普通の冒険者の様に告げ、驚いている職員を置いて待合室を出て行った。
困惑する職員に、ルシアは仕方がなさそうに肩をすくめるだけで答える。
程なくしてロブレス家の馬車が到着し、カルメンが執事と共に現れた。
事前に用意しておいた報告書を執事に手渡したが、その場での確認はされない。
カルメンがすぐに依頼完了のサインをして、帰りましょうか、とウシュエとして扱い、馬車に乗りこんだ。
「お礼はまた改めて」
「気にしないで。既にロケランの問い合わせも入っているし、利がない訳でもないの。……耳が早い事」
カルメンは目を眇め、憂鬱そうにため息を吐いた。
「戦争?」
「ラギアとカサスはないわ。あるとすれば横槍。……また近い内にお茶をしましょう」
情報が掴み切れていないのか、カルメンは話を打ち切ってカツンと踵で床を押し込む。
パカリと床が持ち上がり、馬車の真下、地面が見えた。
「近い内に。どうもありがとう」
ルシアはウシュエ用の外套を脱ぎ捨てて馬車から脱出する。
走り始めた馬車から風が吹き上がり、土煙が舞った。
ルシアの魔法である。
そのまま風に乗って外壁を駆け上がり、窓から自室に戻ろうとした。
「?」
天候不良や長期不在時にしか閉める事がない、外側の木戸が閉まっている。
勢いで到達してしまってから、ここからは入れないと判断して、窓枠を蹴って屋上から建物に入った。
生活部の子どもが三人で洗濯物を干しており、ルシアに気が付いて嬉しそうに手を振っている。
「お帰りなさい!」
「バカ! ルシアさんは出かけてないんだぞ!」
「……今、屋上に戻って来たんだからお帰りなさいでいいんじゃないか?」
ルシアは苦笑いを浮かべつつ近づいて、ただいまと返した。
ギルドで情報の共有がされていたのだろうが、子ども達では詰めが甘い。
「部屋の窓、木戸が閉まってた。ギルドマスターは外出中?」
毎朝のゴミ収集は彼らの仕事なのだ。
「うん、いない!」
「アン姉ちゃんも!」
「いつからいない?」
「ええっと、夕飯にトルティージャが出た日の前の日だったっけ?」
「フランが出た日?」
「の、次の日だよ。昨日はパタタス・ブラバスで、その前が……」
「クロケータス・デ・ハモン! あれ大好き!」
「で、トルティージャか。ベッロが入ってるからオレ、食べなかったんだよな」
「その前の日ね?」
なるほど四日前、とルシアは思案する。
今回の騒動でギルドマスターとして動くには少し早い。
なにか別の案件だろうか?
好き嫌いをすると処理部には入れないと頭を撫でると、営業部に入りたいから問題ないと返された。
反論しつつもムッとしているのだから可愛らしい。
口元を緩めつつ礼を告げて歩き出す。
アンは別行動だろうか?
もしも同行しているのなら、ルシアが居た場合、それはルシアの仕事になったはずだ。
ちょっと面白くない。
急いで戻った自室で、急いで身支度を整えてギルドの業務棟に向かった。
「お疲れさまでーす」
すれ違う職員たちはいつも通りではあるが、二人一組で動いていた。
処理部が三人抜け、ギルドマスターが不在故の安全対策だろうか?
首を傾げつつ受付に顔を出す。
心なしか冒険者の数が多く、見知らぬ顔もあった。
処理部のホセが巡回していたので声をかける。
カサス国出身の冒険者が数日前から拠点移動で現れ始めているらしい。
とにかく女性職員を下に見るし、態度が悪い。
処理部は人手が足りておらず、戦闘力の低い職員には対応は難しい。
だから昨日から安全対策でこの形を取っていると説明された。
「了解。シメてる?」
「シメてます」
それならいい、とルシアは頷いて、綴られた日報を手に取る。
現在最高責任者であるところの副ギルドマスター、フランシスコと話をしたいが、会談中だろう。
手が空いたら声をかけて、と別の職員にお願いし、回っていない業務がないかを確認する。
いくつか滞っている依頼があったので依頼票を見て回り、見知った冒険者に押し付けておいた。
「ルシアさまサイコー!」
受付からそんな声が聞こえてきたので、良い事をしたと、ルシアは片手を上げて答える。
それから通称拷問部屋を覗いた。
「……」
処理部のロラがルシアに気が付いてひらひらと手を振っている。
積み上がった冒険者を椅子にして座っていたので、ルシアはぐっと拳を握って見せてからそっと扉を閉じた。
冒険者の教育は順調そうである。
依頼者対応の応接室も全てが埋まっている様で、どうしたのか聞けばこちらも処理部の人手不足の影響だった。
営業部が依頼主へ達成報酬を貰いに行く場合、相手によっては護衛が必要になるのだ。
そういう相手には、強面冒険者が迎えに行ってギルドに連れてきて貰っているらしい。
暴れたり、脅されても、ギルド内であれば最悪の事態は回避できるので良い案だと思われる。
若干強引に連れ込まなければならない気がしなくもないが、冒険者のやることだ。
ギルドとしては、注意しておきますね、で済む。
それにしても。
応接室の外で調合課の職員が嬉しそうに給気口になにかしているのが少々気にはなった。
まぁ、円滑で順調なら別に良いか。
うんうんと、ルシアは頷いた。
日常とは少し異なるが、今日もギルドは平和そうである。
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お読みいただきありがとうございます。
ダメダメな2025年でした。
来年はもうちょっと頑張りたい……!
良いお年をお迎えくださいませ。




