表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/33

29 隠蔽工作


 入国審査はミゲルの勇者力で殆ど通り抜けるだけだった。

 対応してくれた職員がそのまま馬車寄せにある仮設の冒険者ギルド受付まで案内してくれる。

 向かう途中、カサス国側の空を見れば、森から水晶岩が高く伸びていた。

 大きすぎてか遠すぎてか、岩に絡みついて生える木々はまるでツタだ。

 所々突起した水晶岩は光を反射しており、首を傾げるだけで形状が変わって見える。

 国境の街ではあるが、ルフ便の発着場は国境線から一番遠い街外れだった。

 馬車寄せには乗合馬車が数台待機している。

 国境に近い辺りに住む人々がこちらに来て、冒険者を乗せて国境へ向かっているらしい。

 避難が始まっているのかと尋ねれば、今のところは希望者だけだと目を逸らされた。

 受け入れ準備が整っていないので、気が付いて逃げてきた人々だけを迎え入れているのだろう。

 誤魔化して追い返さないだけマシだとルシアは内心で思う。

 仮設の冒険者ギルド受付で簡単に勇者だと伝え、そのまま冒険者ギルドへの移動が決定。

 ラウルが領主への勇者入国の報告を止めたため、話し合いが必要になってしまったのだ。


「領主様にご報告して面会となるのでしたらこのまま帰ります」


 穏やかに笑ってはいたが結構な圧力だった。

 もっとも別の職員が既に報告を入れているはずで、これはちょっとした時間稼ぎだ。

 情報収集と今後の方針を話し合わなければならない。

 歩いて移動した方が早いが、秘密裏にと職員用の馬車で移動になったのは幸いだった。

 入国審査職員とギルド職員の二人は御者席に乗る。

 他機関とは言え向こうも打ち合わせが必要なのだろう。

 馬車に乗り込んだルシア達五人は早速消音の魔法をかける。

 口火を切ったのはブランカだった。


「勇者パーティーは普通に魔獣対応よ。ラギア国側に参加ね」


 きっぱりとした口調だ。

 ミゲルが言い返そうと口を開いたが、言葉が出てこないのか数度口をパクパクと動かして頭を抱える。

 なにせ人とも獣とも積極的には戦えないのだ。

 カサス国側に出向くのはあまりにも不自然だった。


「……私、ウシュエと入れ替われますか?」


 ルシアがブランカを見て言った。


「どういう事?」


 ウシュエの家系は軍事関係で侯爵。

 この国でも多少の融通が利くのだ。

 今回素材の確認に立ち寄る先へも全面的に協力する様にと認めた書状を預かっている。

 特級冒険者で勇者パーティ―と連携が取れる人物はそうはいない。

 ここまで同行してきたトニが参加して四人。

 二組に分かれてラギア国とカサス国に分かれるのは悪い話ではないはずだ。


「ウシュエがカサスに行くのは不自然」


 本物のウシュエは魔道具の研究者だ。

 戦闘に加わるのも不自然で、宿に籠っているのが妥当だろう。

 それも隣街辺りに。

 そうするとルシアが戦闘に参加する場合、


「謎の密入国者が増えるわね」


ブランカはルシアの考えを理解して頷いた。

 それに、ルシアは聖女ヨランダを連れて帰るつもりなのだ。

 それだと謎の密入国者では困る。

 ブランカへのなりすましが可能であれば、かなりの手間が省けるのだ。


「人目がある時はフードを被って幻影をかければ入れ替わりは可能だと思うけれど……」


「ウシュエさんとして宿に籠るの?」


 退屈そうだね、とミゲルが首を傾げる。

 カサス国入りが難しそうなのでどうでもよさそうだった。

 ルシアは緩く首を振った。

 自分の代わりに退屈させるのも申し訳がないし、戦力を無駄にする必要もない。


「魔道具を使っている風に見せて魔法を使えばいい」


 マリアが提案してウシュエが設計したいくつかの魔道具は魔法と似た効果を持っていた。

 例えば火炎放射器は火魔法、ウォータージェットは水魔法。

 いずれもトルエバ国では一般流通している武器である。


「エクスプロシオンならロケラン」


 ウシュエが開発途中に作り上げたそれは、筒状のシンプルな武器だ。

 見た目を似せるだけならすぐに作れる。

 ブランカは腕を組んでため息を一つ。


「分かったわ。アタシもミゲルと離れずに済むし、それで行きましょう」


 そういう事になった。




***




 冒険者ギルドに到着したルシアとトニは依頼完了書類を提出して素材の工房に向かった。

 幸い工房主は避難しておらず、なにも言わずに要望に応えてくれた。

 引き取る予定の素材は全てが終わってからと告げ、ギルドに戻る。

 その間にミゲルたちは情報収集だ。

 ギルドマスターは最前線で采配を振るっているからと、代理の職員が説明を始める。

 魔獣は行き場を無くした様にバラバラに森を進行してきていた。

 スタンピードと違いまとまって来ないため落とし穴などで対応ができない。

 それで国中の冒険者を集め、人海戦術に出ているらしい。

 獣の害は殆どなく、家畜が落ち着かない程度。

 それに加え、一部の市民や冒険者がカサス国への怒りを爆発させていた。

 カサス国の冒険者を差し出せと冒険者ギルドに怒号が上がっているのだ。

 こちらのギルドにもカサス国から拠点を変えた冒険者が何人もおり、当初は偉そうだったと言う。

 あー、と三人はルフ便内での会話を思い出して色々と察した。

 領主邸にも集まり始めており、


「勇者様が駆けつけたと、住人だけでも落ち着かせるのにご協力いただけませんか?」


とここまで同行していた入国審査職員は頭を下げた。

 トルエバ国で調査中の勇者がお忍びで来ているらしい、そんな風に噂を流す分には構わない。

 それがミゲルたちの回答だった。

 その代わり領主との挨拶はなし、あくまでお忍びだから騒がないでと念を押す。

 気になる事があっても今回は見逃してくれると助かるから、と言外に匂わせた。

 いずれにしても水晶岩の調査は必要である。

 カサス国側にブランカと、先程依頼完了報告をしたトニを連れて行きたいと申しでた。

 数少ない特級持ちで他国のギルド職員。

 あくまで調査とし、命だけは落とさない様にとギルド側も念を押す。

 国内に問題がなければカサス国はどうなっても構わない、そんな立ち位置ではあったが、一般人に罪はない。

 冒険者ギルドの職員は、冒険者ギルドらしく首を縦に振った。

 勇者の特性としてただの獣との相性が悪い事も把握しており、詳しい説明をしなくともラギア国側に勇者と神官の参加が確定する。

 そこにルシアとトニが戻って来た。

 ルシアの体を半分程隠す大筒には、背負う為のベルトが付き、持ち手と思われる突起が二つ付いている。

 ぶるぶると手を震わせて、魔道具の研究者として防衛に参加します、とルシアは小さく告げた。

 冒険者登録のない他国の貴族で研究者である。

 見逃せと言外に匂わせておいて本当に良かったと、ラウルはにっこりと笑んで職員を黙らせた。

 それから荷物置場と休憩のための部屋を二つ用意してもらい、男女に分かれて準備を整える。

 ルシアとブランカは無事に入れ替わり、それぞれが幻影の魔法をかけてギルドを出た。


「え? このロケラン本物なの?」


「弾も貰ったから一発はぶっ放して威力を確認して。全弾使っていいって」


「わぁ! 楽しみ!」


 ついでに新しい扉も開きそうである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ