23 勇者、弱点を吐露する
翌朝、ルシアとアントニオは食堂のテーブルに頭を載せているミゲルを発見した。
職員が笑いながら話しかけ、顔の横に飲み物を置いて自室に向かっている。
二人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
適当に逃げ帰ってくると思っていたのだが、律義に付き合っていたのだろう。
商業ギルドの先代はなかなか強敵なのだ。
二人分の朝食を用意してからミゲルの前の席に座ると、まずはアントニオが謝罪した。
「悪かったな、置いて帰って……おかげで助かったんだが……」
のそりと下を向いていたミゲルの顔が横を向く。
ただでさえ覇気のない顔が完全なる虚無だった。
あまりの抜け殻ぶりにルシアはちょっと感動して思わず聞いた。
「勇者の弱点は、お酒? 老婆?」
ダン! とテーブルを両手で叩き、反動で体を起こすや否やミゲルは叫ぶ。
「話してる最中に気絶だか寝るだかして動かなくなっちゃう今にも死にそうな一般人だよ!」
「なるほど!」
ルシアも思わず叫び返していた。
「あー、確かにあれは精神削られるよな。婆さん無呼吸症でたまに息してねぇ時あるし」
アントニオは思い出したのか苦い顔をする。
「起床中は三十分起きて、五分寝る。いつもそう。問題ない」
ルシアの補足説明に、ミゲルは再びテーブルに頭を載せた。
「従者の人に聞いたけどさ。なんで起床中に寝るんだよ。矛盾してるだろ……」
タシタシとテーブルを叩きながら呻くのを見ながら、アントニオとルシアは食事を摂り始める。
死んだかと思って何度も先方の従者に確認を取っただとか。
こっちの心臓が止まるかと思っただとか。
婆さんの寝顔をツマミになぜ従者と飲み明かさねばならなかったのかだとか。
そんなミゲルの呻きがしばらく続き、ある程度呻き終わった頃にはすっかり食事は終わっていた。
「先行くぞ。出かけるなら知らせて行けよ」
アントニオが立ち上がってルシアに告げ、ついでにガシガシとミゲルの頭もかき混ぜる。
「本当に悪かったな。埋め合わせはまた今度な」
ミゲルには顔を上げなくても、アントニオがまたニカリと笑っているのがよく分かった。
また後で、とルシアがアントニオを見送って、ミゲルの頭に視線を移動するのに合わせて顔を上げる。
今日初めて目が合った。
「……アントニオが無事に帰れて助かった。ありがとう」
ミゲルは両手で顔を覆って大きなため息を吐く。
夕食が終わる頃に、アントニオを迎えに行ったみたいに迎えに来るんじゃないかと、期待していた。
何度窓の外を見てはがっかりしただろうか。
もう少しぼくに興味を持ってもいいんじゃないの? と拗ねてしまいたかった。
けれどこれである。
悪い、とは欠片も思っていない。感謝だけは、本心か。
「いいけど。面白くもあったし」
ぐしゃりとアントニオがかき混ぜた髪をかきあげる。
ルシアは今日も白髪ショートのかつらに薄化粧だった。
交代引継ぎがあるだろうに、ミゲルを急かしもしない。
飲んだら? と職員が置いて行ったまま手を付けていなかった飲み物をすすめてから話を振ってくる。
「面白い、は、どんな内容?」
興味、とはまた違う。
話はきちんと聞いているし、ルシアのせいでぐったりしているのだから、これ以上振り回さない。
そんな、優しさ、なのだろうか?
ミゲルは飲み物を口にしながらポツリポツリと話に乗った。
「たまに新古品一斉処分市があるんだろ? 開催はまだ先だけれど、それ用の倉庫があるから、今度寄りなって」
ふふ、とルシアが笑う。
「それでまた朝まで付き合わされる」
「だろうね。話が上手いからちょっと宝探しみたいで楽しそうだとか思っちゃうんだよ。でも絶対に罠っていう」
「実際に新古品一斉処分市は宝探しみたいで楽しい。私でも悩む」
「それなら皆で行くといいかもね。ブランカなら婆さんと相性が良さそうだ」
「任せて帰れるなら良案。でも商業ギルドの人は大変かもしれない」
「あー、ね。ブランカと婆さんは楽しめる、みたいな?」
クスクスと笑いあって、ひどく穏やかな雑談だった。
ああ、こういう時間がずっと続けばいいのにな。
逆説的な感想だ。
マリアならフラグが立ったと言うだろうか?
ルシアもミゲルもこんな時間が長く続かない事を知っていた。
産まれた時から何かが起こり続け、平穏を知らないルシアは不穏を引き寄せ続ける。
核となる問題が解決しない限り勇者であり続けるミゲルは選べない。
何かに呼ばれた様に二人は言葉を止めた。
「失礼します」
スッとミゲルの後ろに姿を現したのは処理部のアンだった。
すぐにルシアが消音の魔法をかけ、食堂特有の生活音や騒めきが消失する。
「……緊急?」
「ヨランダ様よりルシアに指名依頼です」
「場所は?」
「消失点のみ」
「準備する。アントニオに報告後そのまま執務室で待機」
「承知しました」
アンはテーブルに手をついて飛び越えるとそのまま姿を消した。
消音魔法は解かれないままルシアが立ち上がる。
「ごめん。急用」
「だろうねぇ。手伝う?」
「無理」
すげなく答えたが、無理という言葉をミゲルは正しく理解した。
その代わりとばかりに三本指を立てる。
「置いてくつもりなら質問を三つ」
ルシアはミゲルに立ち上がる様に促すと、歩きながら返答した。
「どうぞ」
「ヨランダ様って誰?」
「聖女」
「指名依頼の内容は?」
「聖女を探す事。魔道具で……彼女の耳飾りが壊れたら自動的に指名依頼が入る」
こんな時でも食べ終えた食器はきっちり返却口に戻して一度消音魔法を解く。
携帯食一式、と告げてすぐに出てきた箱を受け取ると再び消音魔法をかける。
「もう一つの質問は?」
自室へ足を向けながらルシアが聞くと、
「ちょっと待って……」
とミゲルは後を追いながらも思案気に眉を寄せ、ややあって口を開いた。
「うん。本物の聖女さんなら死んでないかな。勘に引っかからない。無理ってのは対人戦になるって事だよね? 誘拐とか? 魔獣に襲われて隠れてるとかないの? なら手伝えるけど?」
勇者には対人戦闘の能力はない。
殺されそうになれば危機回避として体は動くが、行動不能にする程度だ。
普通の人間は簡単に死んでしまうから加減が難しい。
最後の最後でどうしても詰めが甘くなる。
誘拐系の対応では二次災害を招きかねず、恐ろしく相性が悪かった。
弱点を今にも死にそうな一般人と語ったのは偽りのない本心である。
「勇者と同じで魔獣相手なら聖女はまず負けない」
確実に対人だと言外に告げたところで、ルシアの自室の前に到着した。
「最後の質問。日程と状況が許す限り一緒に行ったらダメかな? 魔獣除けになるし、ぼくは結構便利だと思うけど?」
にこり、と笑んだミゲルはやっぱりどこか覇気がなく、
「十分で準備して執務室に来られるならご自由に」
と、ルシアは緊張感を削がれてどちらでも構わない返答をしていた。




